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春はよみがえる
はるはよみがえる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「小学六年生 3巻11号」1951(昭和26)年1月新年特別号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-03-29 / 2017-02-02
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 太陽ばかりは、人類のはじめから、いや、それどころか、地球のできたはじめから、光のとどくかぎり、あらゆるものを見てきました。この町が火を浴びて、焼け野原と化し、緑の林も、風に吹かれた木立も、すべて、あと形もなくなったのを知っていました。
 いつしか、そのときから、はや五、六年たったのであります。
「いま一度、起き上がる気があったら、力をためすがいい。」
 長い間、自然の栄枯盛衰を見てきた、偉大な母である太陽は、町の焼けて焦土となったその日から、下を見下ろして、こういいました。
 そして、風は建物の無惨な傷口をなで、雨は土の深手を静かに洗ったのです。そのうち、ところどころ新しい家が建ちはじめ、人々の手によって、植えられた木立は、ふたたび林となりました。小さな庭にさえ、すくすくとして、木が風にその小枝を吹かせたのです。
 やがて、冬が去り、春になろうとして、気流は争いました。乱れる雲の間から、太陽は下界をのぞいて、たゆみなき人間の努力をながめながら、
「おお、いい町ができた。」と、ほほえみました。
 すると、若木をゆする風が、
「昔も、あちらに、煙突があって、いつも黒い煙が上がっていた。」と、ささやきました。
 雲や、風ばかりでなく、小鳥たちも、前に遊んだのを思い出したのか、今朝、めずらしくうぐいすが飛んできて、いい声で鳴きました。
「おや、うぐいすがきたよ。」
 正吉は、おどろきのあまり、この喜びをだれとともに語ろうかと、家から外へかけ出しました。
 この近くに、一人の画家が、住んでいました。あの人ならきっと、いっしょに喜んでくれるだろうと思いました。
「おじさん、うぐいすを聞きましたか。」
 正吉は、へやへ入るなり、いいました。
「聞いたよ、君も聞いてどうだった。やはりうぐいすはいいね。戦後はじめてだろう。これでやっと、平和の春らしくなった。」と、画家は、窓を開けて、まぶしそうに青空を見上げ、はればれとした顔つきをしました。
「正ちゃんなんか、これからだ。ぼくみたいに年をとると、若いうちのように旅へも出られないから、春がきて花でも見るより、ほかに楽しみはないが、うぐいすの声を聞いたときに、さすがに生きがいを感じたよ。また、花の咲くうちは、たびたびきてくれるだろう。」と、画家は、自然に対して、感謝したのでした。
 正吉は、こうして、人間がことごとく平和を愛するなら、この世の中はどんなに楽しかろうと思いました。しかしこのとき、彼には一抹の不安が、心にわき上がったのです。また同時に、どうかそんなことが起こらぬように、そして、おじさんも自分も、平和な春が楽しまれるようにと、祈ったのでした。その平和をかき乱しはしないかと、正吉の気にかかったのは、このごろ、この町へ越してきた青服の男のことでした。どことなくきざに見える、その男はサングラスをかけ、青地の服を着て、毎日空気…

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