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船の破片に残る話
ふねのはへんにのこるはなし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
初出「童話の社会」1930(昭和5)年3月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-03-20 / 2017-01-12
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 南の方の海を、航海している船がありました。太陽はうららかに、平和に、海原を照らしています。もう、この船の船長は、年をとっていました。そして、長い間、この船を自分たちのすみかとしていましたから、あるときは自分の体と同じようにも思っていたのであります。
「俺もはやく、こんな船乗りなんかやめて、陸へ上がりたいと思っているよ。いくら、世の中が文明になったって、こうして船にばかり乗っているんでは、ありがたみがわからないじゃないか。」と、若い船員が、甲板の上で、仲間に話をしていました。
「おまえのいうとおりさ。飛行機ができて、一日に、千里も二千里も、飛ぶようになったって、それが俺たちに、なんの利益にもなるのでない。この船でも、新しかった昔は威張って、大きな港々へいったものさ。それが古くなって、ほかに、速いりっぱな船ができると、あまり人のいかないような遠いところへやらされるようになってしまう。そして、この船に乗っているものは、どうなりっこもない。いつも変わらない、終わりのない労働がつづいているばかりなのさ。」と、仲間も答えていました。
 海は、人間の話などは、耳にはいらないように、朗らかな顔をして、笑っていました。そして白い波は、力いっぱいで走っている船のまわりで戯れていました。
 このとき、年とった船長は、いつのまにか、ここにきて二人の話をきいていましたが、
「私なども、やはり、君たちのような考えをもっていたことがあったよ。しかし、このごろは、どこへいっても、同じだと思っている。おりおり街の生活もしたくなるが、うそと偽りでまるめていると思うと、この正直な海の上のほうが、どれほどいいかしれなくなる。いま飛行機といったが、たまに乗る人には便利かしれないが、職業となって、毎日乗っている人のことを考えれば、どれほど、この船より危険の多い職業かわからない。世の中が、文明になればなるほど、そこには、犠牲になっているものがあるのだ。みんな人間は、しまいにはその職業のために死ぬのさ。そう思っていれば、いちばんまちがいがない。私は、もう、この船の上で、長く暮らしてきた、陸よりも、どこよりも海の上が安心だと思っているよ。」と、船長はいいました。
 若い船員たちは、びっくりして、船長のいうことを聞いていましたが、
「じゃ、いったい、だれが悪いのだ。なにもせんで、食っている金持ちが悪いのか?」と、いいました。
「金持ちは、金のために、首をつることがあるよ。」と、船長が笑いました。
 ちょうど、この船の中に、南洋へいく、大金持ちが乗っていました。金持ちは、大きな腹を抱えるように、ゆったりとした足どりで、甲板の上へ出てきました。
「真珠島は、見えませんかな。」と、いって、あちらをながめました。
 船乗り人には、魔の島として知られています。島には美しい娘たちがいて、月のいい晩には、緑の木蔭で踊ると…

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