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万の死
まんのし
作品ID51685
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「新児童文化 第4冊」1949(昭和24)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-07-27 / 2017-07-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 万は正直な、うらおもてのない人間として、村の人々から愛されていました。小学校を終えると、じきに役場へ小使いとしてやとわれました。彼は、母親の手一つで大きくなりましたが、その母も早く死んだので、まったくひとりぽっちとなりました。こんなことが、人々の同情をそそるのでありましょう。どこへいっても、きらわれることなく、日を送りました。
「おまえさんも、早くお嫁さんをもらうのだな。」と、ひとりぽっちの彼を心からあわれんで、いってくれるものもありましたが、
「私には、まだそんな気持ちはありません。」と、万は、頭をふりました。それには、早いからという意味ばかりではありません。始終不自由をして、貧しく死んでいった母親のことを思うと、すこしの楽しみもさせずにしまったのを、心から悔いるためもありました。
 彼の母は、じつにやさしかったのです。彼が父親と早く別れたので、その不憫もあったのでしょうが、また、この世の中に母一人、子一人としてみれば、たがいにいたわりあうのが、むしろ、ほんとうの情けでもありました。
 ――ある夜、万は、灯の下で学校の復習をしていました。母は眼鏡をかけて、手内職の針をつづけていました。窓の外では、雨気をふくんだ風が、はげしく吹いています。そして、その年の暮れも間近に迫ったのでした。母は、なにを思ったか、ふいに、万に話しかけました。
「おまえが、まだ物心のつかないころだったよ。この村に、おつるさんといって、孝行の娘さんがあった。こんなような、暮れにおしせまった、ある日のこと、できあがった品物を持って町の問屋へとどけ、お金をもらって帰りに、そのお金をみんなとられてしまったんだよ。かわいそうに、それで娘さんは川へ身を投げて死んでしまいました。」と、母は語りました。
 これを聞くと、万は下をむいて本を見ていた顔を上げました。
「だれに、お金をとられたんです。ただ、それだけで死んだのですか。」と、問いかえしました。もっと、くわしいことが知りたかったのです。
「おまえ、そのお金がなければ、家の人たちが年を越せなかったのだよ。下には、小さい弟はたくさんいたし、それに、父親は病気で寝ていたんだからね。」
「どうして、そんな大事な金を、とられたんだろうな。」と、万は、不審でたまらず、頭をかしげました。
「それが、まだ若い娘さんだろう、無理はないよ。活動写真館の前に立って、ぼんやりと写真を見ていたそのすきをねらって、すりがすったらしい。まのわるいときというものは、すべて、そういうものさ。気のついたときは、もうおそい。しかたがないから、おつるさんは、問屋へ引きかえしたんだよ。」
「かわいそうにな、問屋は貸さなかったんでしょう。」
「そうだな。おつるさんは、はたらいて返すから、どうかお金を貸してくださいと、主人に頼んだのだよ。思いやりも、情けもない主人は、すげなく断ったのです。…

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