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夜の進軍らっぱ
よるのしんぐんらっぱ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 12」 講談社
1977(昭和52)年10月10日
初出「台湾日日新報 夕刊」1939(昭和14)年3月1日、2日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-07-03 / 2017-06-25
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 山の中の村です。雪の深く積もったときは、郵便もなかなかこられないようなところでした。父親一人、息子一人のさびしい暮らしをしていましたが、息子は、戦争がはじまると召集されて、遠く戦地へ出征してお国のために働いていました。
「おじいさん、息子さんのところから、たよりがあったかい。」と、顔を見ると村の人はきいてくれました。
「あ、こないだあった、達者で働いているそうだ。もう、あちらは川の水も凍ったということだ。」
「まあ、達者で、お国のために働いていてくれれば結構なことだ、神さまを拝んで、めでたく凱旋するのを待っていらっしゃい。」と、村人は、老人を元気づけたのです。
「なんの、お国へ捧げた悴だもの、それに今度の戦争は長いというから、無事に帰ってくるとは思っていないが、どうか、りっぱにやってくれればと祈っているのさ。」と、老人は答えました。
 おじいさんは、口ではそういっても、夜が明けると、日が暮れるまで、息子の身の上を案じていました。そして、雪が積もって道のついていないときには、郵便が山へ上がれまいと思って、村のおけ屋まで出ていって待つこともありました。おけ屋には、学校へいく子供もあって、もし戦地の息子さんからきた手紙なら、かならずその日の中に届けてやるからというのであるが、おじいさんは、それが待てなかった。ある雪のたくさん降った日のことです。わざわざ村まで下りていって、
「手紙はきていなかったかいのう。」と、きいたのでした。
「いえ、こなかったぞ、くれば、とどけてやるものを。」と、おけ屋のおかみさんは、いいました。
「あまり昨夜雪が降って、昼前は道がなかったから、この家へ置いていったかと思ったので。」と、おじいさんは、笑いました。
 春になって雪が解ければ、夏、秋へかけては、町からこの村まで三里ばかりの間をバスが通りました。けれど、この村から、おじいさんの住んでいる山の中までは、一里近く、峠つづきの細い道を歩かなければならぬのでした。山には、幾軒も家がなかったのです。
 おけ屋のおかみさんが、いいました。
「おじいさん、町の醤油屋さん知っていなさるだろう。二、三日前あすこへ寄ったら、このごろ毎晩、戦地からラジオの放送があって、あちらのようすが手に取るようにわかるというこったぞ。」
「ほう、戦地のようすがわかるとな。」と、おじいさんは、自分の耳を疑いました。
 囲炉裏に火をたいて、子供のたびを乾していたおかみさんは、
「わかるっていうことだ。」と、いいました。
「ほんとうなら、きいてみたいもんだのう。」と、おじいさんは、しょぼしょぼした目を大きく開きました。
 ちょうど晴れ間とみえて、日が雪の上を射しました。町へいく道には、人の影がちらほらしています。おじいさんは、山へ帰るかわりに、町の方へ向かって、ぼつぼつ歩いていました。
 醤油屋というのは、昔からある店で、…

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