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古事記
こじき
副題04 解説
04 かいせつ
著者
文字遣い旧字新仮名
底本 「古事記」 角川文庫、角川書店
1956(昭和31)年5月20日
入力者川山隆
校正者しだひろし
公開 / 更新2012-05-18 / 2014-09-16
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 古事記は、上中下の三卷から成る。その上卷のはじめに序文があつて、どのようにしてこの書が成立したかを語つている。古事記の成立に關する文獻は、この序文以外には何も傳わらない。
 古事記の成立の企畫は、天武天皇(在位六七二―六八六)にはじまる。天皇は、當時諸家に傳わつていた帝紀と本辭とが、誤謬が多くなり正しい傳えを失しているとされ、これを正して後世に傳えようとして、稗田の阿禮に命じてこれを誦み習わしめた。しかしまだ書卷となすに至らないで過ぎたのを、奈良時代のはじめ、和銅四年(七一一)九月十八日に、元明天皇が、太の安萬侶(七二三歿)に稗田の阿禮が誦む所のものの筆録を命じ、和銅五年(七一二)正月二十八日に、稿成つて奏上した。これが古事記である。
 かようにして古事記は成立した。その資材となつたものは、諸家に傳わつていた帝紀と本辭とであるから、さかのぼつてはこれらの性質をあきらかにし、ひいてはこれらが古事記において、どのような形を採つているかを究めなければならない。
 帝紀は、帝皇の日繼ともいう。一言にして云えば、天皇の歴史である。歴代天皇が、次々に帝位を繼承された次第は、天皇の大葬の時に、誄詞として唱えられていた。その唱えられる詞そのままでは無いだろうが、たぶんそれと同じものから出て更に内容の豐富になつたものが、比較的早い時代から、既に書卷の形になつて存在したのであろう。推古天皇の二十八年(六二〇)に聖徳太子等によつて撰録された書卷のうち、天皇記というのも、この種のものであつたのだろう。奈良時代には、帝紀、日本帝紀など稱する書物の存在したことが知られ、日本書紀に見える帝王本紀というのも、同樣の書物であつたのだろう。
 本辭は、また舊辭ともいい、これらの語は、古事記の序文以外には、古い使用例が無い。その内容は、神話、傳説、昔話、物語の類をいうものの如く、まとまつた書物とはならなかつたようであるが、その或る一部は、既に文字によつて記されたものもあつたようである。
 帝紀や本辭に、誤謬が多くなつているという觀察がなされたのは、種々の原因があるだろう。一つには主として口誦による傳來において、自然に生じた差違があるだろう。時代の推移に伴なつて、新しい解釋も加わり、また他の要素を取り入れて成長發達もしてゆくであろう。また一方には、諸家に傳わるものは、それぞれその家を本位として語り傳えられてゆくために、甲の家と乙の家とで、違つたものを傳えることにもなる。例えばアメノホヒの命の如き、古事記に採録した傳來では、よくは言わないのだが、その神の子孫であるという出雲氏の傳來では、忠誠な神とするような類である。
 かくの如くにして諸家に傳來した帝紀と本辭とに對して、これを批判して整理されたのが天武天皇であり、これを誦み習つたのが稗田の阿禮であり、これを文字に書き綴つたのが太の安萬侶であ…

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