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夕暮の窓より
ゆうぐれのまどより
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「芸術は生動す」 国文社
1982(昭和57)年3月30日
入力者Nana ohbe
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-01-26 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 光線の明るく射す室と、木影などが障子窓に落ちて暗い日蔭の室とがある。
 其等の、さま/″\の室の中には生活を異にし、気持を異にした、いろ/\な、相互いに顔も知り合わないような人が住んでいる。
 賑かな町に住んでいる人は、心を浮き立てるような笛や、ラッパの音や、楽隊の音色や、または、夕暮方の電車の音などに耳を傾けて、あてない空想に耽ったり、また、華かな瓦斯の燈火のつく頃の夜の楽しさを思うて、気がうき/\として、隣りや、向い筋から聞えて来る琴や、三味線の音色に、何んとなく、夢を見るようなうっとりとした気持になって、自分も、手にしていた紅い布を傍にやってほつれ髪を掻きあげながら、ほうっとした顔付で三味線にあわせて口ずさむ女もあろう。
 また、さびしい、室の裡に物思いに沈んで、眤と下を見つめて、何事をか考えている、青い顔の年老った女があろう。窓の障子の上には、夕暮方の光線がぼんやりと染んで、頭には幾分か白髪も交って頬に寄った小皺が目立って見える……室の中には、傷いた道具が僅かばかり並べられてあるばかりで、目を惹くような貴重のものも見当らない。女は、この広い世界にたゞ独り見捨てられた人のように頼りない様子である。
 一日をうか/\と、おもしろおかしく、何事をも深く心にとゞめ考えもせずに暮らしているものがある。また、悲しみに沈んでしみじみとはかない身の上を思いわずらうものがある。しかも、同じい夕暮の一時を、いろ/\の室の裡に、さま/″\の人が異った気持を抱いて、異った生活をしている。

 賑かな、都会から汽車で二三時間も離れると、極めて淋しい、田舎に行くことが出来る。其処には、青い空の下に、独り一軒の家を建て、其の中には静かに、稀にしか人と顔も合わすことなく日を送っている人がある。遠く隔った、都会の歓楽に酔うて叫んでいる賑かな声も聞かない。また、悲惨な犠牲者の狂い働いている騒がしい響きの混った物音も聞かない。また、二十世紀の科学的文明が世界の幾千の都会に光りと色彩の美観を添え、益々繁華ならしめんとする余沢も蒙っていない。たゞ千年前の青い空の下に、其の時分の昔の人も、こうして住んでいたというより他に思われない極めて単純な、自然の儘の質朴な生活をつゞけている人がある。頭を上げて見るものは悠久に青い空の色である。淋しく、西の空に沈んでゆく夕日に地平線の紅く色づく眺めである。草の葉が無心に風に吹かれて飛んでゆく小鳥の影の、いつしか見えなくなる、其黒い点ばかりである。
 私は、田舎にゆくたびに、こういう静かな、淋しい処に産れた人と彼の、繁華な明るい町に住む人といずれが幸福であろうかと考えさせられた。
 静かな、淋しい生活であろう……とか或は賑かな、華美な生活であろう……とか言うのは、これは傍から見てたゞそういうように思うばかりであって、果して其人の心には、どう感じているか立ち入…

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