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昨今横浜異聞(一幕)
さっこんよこはまいぶん(ひとまく)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集4」 岩波書店
1990(平成2)年9月10日
初出「朝日 第三巻第一号」1931(昭和6)年1月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-04-23 / 2014-09-16
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


人物
田代三夫
同ぬい子
劉鯤
瑩芳


[#改ページ]


舞台は、横浜郊外にある田代三夫の家の応接間。
外人の設計になる瀟洒なヴィラを、特別の事情で安く借り受け、愛妻ぬい子と二人きりで、結婚後三年の今日、まだ蜜月の生活を楽しんでゐる田代は、永く海外で暮した結果、何処か日本人離れのした神経の鈍さと、それを補ふ感情の濃やかさがある。
細君のぬい子は、生粋の横浜ツ子で、両親は、外人相手の土産物商をしてゐたのだが、彼女の結婚後は、店を人に譲り、鶴見辺に隠居所を建てゝ、豊かな余生を送つてゐる。
田代は現在、南洋貿易を専業とする某商会の庶務課長で、三十六にして既に頭髪の半ばを失ひ、十二違ひのぬい子は、それがために、思ひ切つた若作りのできないことが唯一の憾みである。
正月のある日の午後。
田代は、ヴェランダで新聞を読んでゐるが、やがて、応接間へはひつて来る。

田代  僕はやつぱり家にゐよう。なんだか、急に用事ができさうだ。ほんたうなら一寸店へ顔を出すところなんだが、家にもゐないとなると、まさかの時困るよ。
ぬい子  (隣りの部屋から下着だけの半身を出し)あら、そいぢや、あたしは……? 折角、もう用意をしてるんぢやないの。
田代  だから、お前さんだけ行つて来ればいゝぢやないか。さうおしよ。ね。お父さんやお母さんは、結局、お前さんの顔が見たいだけなんだ。御年始はもうすんでるんだから、またゆつくりした時遊びに行くつて、さう云つてくれ。
ぬい子  つまんないわ。あんたと一緒だからと思つて、こんなにおめかしをしたんぢやないの。
田代  そんな駄々をこねるもんぢやない。女がおめかしをして損になつた例しなんかない。
ぬい子  それより、電話でお店の様子を訊いてみたらどう?
田代  用事は何ん時起るかわからないんだ。休みの後つていふものは、臨時の用件が多いんでね。
ぬい子  そんなら、ちやんと朝から、お店へ出てれば文句はないんだわ。今日鶴見へ行かうなんて云ひだしたのは、あんたなのよ。
田代  それやわかつてるさ。あゝいふ案内も来てるし、お前さんも楽しみにしてたんだから、出来ればさうしようと思つたんだ。しかし、考へてみると、近頃、少し、怠け過ぎてるからね。
ぬい子  ぢや、あたしも、今日はよすから、これからお店へ行つてらつしやい。
田代  そんなことしなくつてもいゝさ。お前さんは行つておいでよ。僕は僕でいゝやうにするから……。
ぬい子  それより、あんたこそ、先へお出掛けなさいよ。あたしはあたしで勝手にするから……。
田代  怒つたんだね。よし、そんなら、よし……。
ぬい子  なにが、よしなの? (外套をひつかけて出て来る)あんた、少し、変よ。あたしを追ひ出しといて、一体、後でどうしようていふの?
田代  後でどうする? どうもしないさ。そんなにぢろぢろ…

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