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取引にあらず
とりひきにあらず
作品ID51834
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集4」 岩波書店
1990(平成2)年9月10日
初出「キング 第五巻第一号」1929(昭和4)年1月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-04-15 / 2014-09-16
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人物
遠藤又蔵
妻 なほ
娘 きぬ
学生
床屋の主人
若い男
老紳士
隣の細君
職人

場所
東京の場末


冬のはじめ
[#改ページ]


煙草店の主人遠藤又蔵は、夕刊を読みながら、傍の娘きぬに話しかけてゐる。

又蔵  そんなこと云つて、お加代はあれでいくら取つてると思ふ。
きぬ  先月から三十円になつたのよ。
又蔵  だからさ、その三十円は、お前、みんな電車代とお化粧代になつちまうんだぜ。
きぬ  知つてるわ。
又蔵  知つてる……? 知つてるなら、なぜそんなことを云ふんだ。お前がかうして店の番をしてゐればこそ、こんな店でも、ぼつぼつお客の足がついて来たんだ。ほんとだよ。なにもそんな顔をするこたあありあしねえ。
きぬ  だから、いやだつて云ふのよ。看板みたいに、こんなとこへ坐つてんの、あたしもういやなのよ。
又蔵  それも家のためぢやないか。お加代があゝしてよそへ働きに行くのも、云つて見れや、家のためだ。あそこはお袋一人で、財産もなし、兄哥が取つてくるだけぢや、どうにもやつて行けないと云ふので、しかたがなしに、あゝやつて他人の中へ働きに行くんだ。それがいゝことか、悪いことか、わしにやわかつとる。ろくなもんにやなりつこないさ、あの娘……。
きぬ  かうしてゐたつて、ろくなもんになりつこないわ。煙草の名前なんか覚えたつて、誰もえらいつて云やしないし……。
又蔵  そんなことを云へば、毎朝、あの白粉をこてこてつけて出て行くお加代を見て、蔭口をきかないものがあるか。三十円の月給ぢや、あゝおめかしができるもんぢやないとか、何処か郊外の停車場で、男と二人電車を降りるところを見たとか……。
きぬ  人の噂なんか気にしたら、なんにも出来やしないわ。あたしは、自分で働いて、自分で食べて行けるやうにしたいの。今はそれや、そんな心配はないけれど、もうぢき困ることがきつとあると思ふわ。
又蔵  なに困ることがある。そのうちに、しつかりした養子でも取つたら、此の店はお前たちに預ける。おれはもつと気の利いた仕事をして金をこさへると……。どつちみちお前の世話にやなりはせん。
きぬ  ぢや、どうしても駄目なの。
又蔵  駄目だ。おい、そんなことを云つてるひまに、さつきのチエリイを箱から出しとけ。おつ母さんはどうした。
きぬ  (箱からチエリイを出して、罎に入れる)晩の仕度でせう。
又歳  ぼんやりした奴がゐるもんだなあ。自動車の中へ二千円忘れてつた男がゐるとよ。
きぬ  (それに頓着なく)うちでも外国煙草を置くやうにしないと随分損だわ。此の頃毎日のやうにさういふお客さまがあつてよ。
又蔵  うちは国産奨励だつて、さう云つてやれ。外国煙草なんぞ吹かす奴にかぎつて、懐は素寒貧だ。やあ、玉淵総裁の邸へをわいを投げ込んだ犯人がつかまつたな。なるほどね、やつぱりさうか。

此の時、学生風の男…

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