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手紙
てがみ
副題075 慶応三年五月二十八日 お龍あて
075 けいおうさんねんごがつにじゅうはちにち おりょうあて
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「龍馬の手紙、宮地佐一郎」 講談社学術文庫、講談社
2003(平成15)年12月10日
入力者Yanajin33
校正者Hanren
公開 / 更新2010-09-14 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


其後ハ定而御きづかい察入候。
しかれバ先ごろうち、たび/\紀州の奉行、又船将などに引合いたし候所、なにぶん女のいゝぬけのよふなことにて、度々論じ候所、此頃ハ病気なりとてあわぬよふ(に)なりており候得ども、後藤庄次郎と両人ニて紀州の奉行へ出かけ、十分にやりつけ候より、段々義論がはじまり、昨夜今井・中島・小田小太郎など参り、やかましくやり付候て、夜九ツすぎにかえり申候。昨日の朝ハ私しが紀州の船将に出合、十分論じ、又後藤庄次郎が紀州の奉行に行、やかましくやり付しにより、もふ/\紀州も今朝ハたまらんことになり候ものと相見へ、薩州へ、たのみニ行て、どふでもしてことわりをしてくれよとのことのよし。薩州よりわ彼イロハ丸の船代、又その荷物の代お佛候得バ、ゆるして御つかハし被レ成度と申候間、私よりハそハわ夫でよろしけれども、土佐の士お鞆の港にすておきて長崎へ出候ことハ中/\すみ不レ申、このことハ紀州より主人土佐守へ御あいさつかわされたしなど申ており候。此ことわまたうちこわれてひとゆくさ致候ても、後藤庄次郎とともにやり、つまりハ土佐の軍艦もつてやり付候あいだ、けして/\御安心被レ成度候。
先ハ早[#挿絵]かしこ。
五月廿八日夕

鞆殿
猶、先頃土佐蒸気船夕顔と云船が大坂より参り候て、其ついでに 御隠居[#「御隠居」の左に「土佐御いんきよ」の注記]様より後藤庄次郎こと早々上京致し候よふとの事、私しも上京してくれよと、庄次郎申おり候ゆへ、此紀州の船の論がかた付候得バ、私しも上京仕候。此度の上京ハ誠ニたのしみニて候。しかし右よふのことゆへ下の関へよることができぬかもしれず候。京にハ三十日もおり候時ハ、すぐ長崎へ庄次郎もともにかへり候間、其時ハかならず/\関ニ鳥渡なりともかへり申候。御まち被レ成度候。
○おかしき咄しあり、お竹に御申。直次事ハ此頃黒沢直次郎と申おり候。今日紀州船将高柳楠之助方へ私より手がみおや候所、とりつぎが申ニハ高柳わきのふよりるすなれバ、夕方参るべしとのことなりしより、そこで直次郎おゝきにはらおたてゆうよふ、此直次郎昨夜九ツ時頃此所にまいりしニ、其時高柳先生ハおいでなされ候。
夫おきのふよりるすとハ此直次郎きすてならずと申けれバ、とふ/\紀州の奉行が私しまで手紙おおこして、直次郎ニハことわりいたし候よし。
おかしきことに候。かしこ/\。
此度小曽清三郎が曽根拙蔵と名おかへて参り候。定めて九三の内ニとまり候ハんなれども、まづ/\しらぬ人となされ候よふ、九三ニも家内ニもお竹ニも、しらぬ人としておくがよろしく候。
後藤庄次郎がさしたて候。かしこ/\。



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