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月と海豹
つきとあざらし
作品ID51975
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「小川未明童話集」 新潮文庫、新潮社
1951(昭和26)年11月10日
入力者
校正者小林繁雄
公開 / 更新2012-01-02 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 北方の海は銀色に凍っていました。長い冬の間、太陽はめったにそこへは顔を見せなかったのです。なぜなら、太陽は、陰気なところは、好かなかったからでありました。そして、海は、ちょうど死んだ魚の眼のようにどんよりと曇って、毎日雪が降っていました。
 一疋の親の海豹が、氷山のいただきにうずくまって、ぼんやりとあたりを見まわしていました。その海豹は、やさしい心を持った海豹でありました。秋のはじめに、どこへか姿の見えなくなった自分のいとしい子供のことを忘れずに、こうして、毎日あたりを見まわしているのであります。
「どこへ行ったものだろう……今日も、まだ姿は見えない。」
 海豹はこう思っていたのでありました。寒い風は、しきりなしに吹いていました。子供を失った海豹は、何を見ても悲しくてなりませんでした。その時分は、青かった海の色が、いま銀色になっているのを見ても、また、体に降りかかる白雪を見ても、悲しみの心をそそったのであります。
 風は、ひゅう、ひゅうと音を立てて吹いていました。海豹はこの風に向かっても、訴えずにはいられなかったのです。
「どこかで、私のかわいい子供の姿をお見になりませんでしたか。」と、あわれな海豹は、声を曇らしてたずねました。
 いままで、傍若無人に吹いていた暴風は、こう海豹に問いかけられると、ちょっとその叫びをとめました。
「海豹さん、あなたはいなくなった子供のことを思って、毎日そこに、そうしてうずくまっていなさるのですか。私は、なんのためにいつまでも、あなたがじっとしていなさるのか分らなかったのです。私はいま雪と戦っているのでした。この海を雪が占領するか、私が占領するか、ここしばらくは、命がけの競争をしておるのですよ。さあ、私は、大抵このあたりの海の上は、一通り隈なく駆けて見たのですが、海豹の子供を見ませんでした。氷の蔭にでも隠れて泣いているのかも知れませんが……こんど、よく注意をして見て来てあげましょう。」
「あなたは御親切な方です。いくらあなた達が、寒く冷たくても私は、ここに我慢をして待っていますから、どうか、この海の上を駆けめぐりなさる時に、私の子供が、親を探して泣いていたら、どうか私に知らせて下さい。私はどんなところであろうと、氷の山を飛び越して迎いに行きますから……。」と、海豹は、眼に涙をためて言いました。風は行く先を急ぎながらも顧みて、
「しかし海豹さん。秋頃、漁船がこのあたりまで見えましたから、その時人間に捕られたなら、もはや帰りっこはありませんよ。もし、こんど私がよく探して来て見つからなかったら、あきらめなさい。」と、風は言い残して馳けて行きました。
 その後で海豹は、悲しそうな声を立てて啼いたのです。
 海豹は、毎日風の便りを待っていました。しかし、一度約束をして行った風は、いくら待っても戻っては来なかったのでした。
「あの風はどう…

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