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犬と古洋傘
いぬとふるこうもり
作品ID52040
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 11」 講談社
1977(昭和52)年9月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-11-19 / 2016-09-09
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある村から、毎日町へ仕事にいく男がありました。どんな日でも、さびしい道を歩かなければならなかったのです。
 ある日のこと、男はいつものごとく考えながら歩いてきました。寒い朝で、自分の口や、鼻から出る息が白く凍って見えました。また田圃には、霜が真っ白に降りていて、ちょうど雪の降ったような、ながめでありました。
 このとき、どこからか、赤ん坊の泣く声がしました。男は思わず歩みを止めて、あたりを見まわしたのであります。
「はてな、赤ん坊の泣く声がきこえたが……。」
 しかし、人の影はなし、近くに人家もなかったから、たぶん、空耳だろうと思って、また歩き出しました。
 すると、今度は、前よりも、もっと近く、赤ん坊の泣く声がきこえてきたのです。
「たしかに赤ん坊だ、どこだろう?」
 彼は、もう自分の耳を疑いませんでした。きっと、この近傍にだれか赤ん坊を捨てたものがあるにちがいないと思いました。
「そんな悪いことをするやつは、どこのやつだろう。」と、男は、この寒空に捨てられた、かわいそうな赤ん坊を、早くさがし出して、どうかしてやらなければと思って、声のきこえる方へ近づいていきました。
 見ると、それは、赤ん坊でなく、やぶの中に、まだ生まれてから間がない、やっと目の開いたばかりの小犬が三びき、箱の中に入れて捨ててありました。
 彼は、赤ん坊でなく、小犬でよかったと思いましたが、その捨てられた小犬の、いじらしいようすを見ると、また別の不憫さが心の中にわいてきて、
「こんな、まだ独り歩きのできぬ小犬をだれが捨てたのだろう、情け知らずの人間だ。」と、思いましたが、自分は、どうすることもできません。
「ああ、かわいそうなものを見たな。」と、ただ、気持ちを暗くして、かわいそうとは思いながらも、そのまま、男はいってしまいました。
「こんな寒空に、それに食べ物もないのでは、きっと死んでしまうだろう。」と、三びきの小犬のことを思いながら、道を急いだのです。
 しかし、いくら思うまいとしても、白と黒の三びきの小犬が、重なり合って、彼の顔を見たとき、尾をぴちぴちと振って、助けてくれといわぬばかりに鳴いたいじらしい姿を、男は、いつまでも目から取ることができませんでした。
 彼は、町へ着くと、いつものごとく仕事にとりかかりました。仕事をしている間は、犬のことを忘れていましたが、その日の仕事が終わって帰り道にさしかかると、朝見た犬のことが、思い出されて、
「どうなったろう?」という、好奇心も起こって、なんだか、そのやぶの近くになると、重苦しいような気さえしました。
 彼は、やぶのそばへきて、耳をすましました。
 もう泣き声はきこえません。
「はてな、みんな死んでしまったのかしらん。」
 怖ろしいものでも見るようにして、のぞいてみると、三びきのうち二ひきは死んでしまって、一ぴきだけが、こもから出て死…

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