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おさらい帳
おさらいちょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
初出「教育・国語教育 5巻11号」1935(昭和10)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2015-07-12 / 2015-05-24
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 この夏のことでした。正ちゃんは毎日のようにもち棒を持って、お宮のけいだいへ、せみとりに出かけました。そのけいだいは、木立がたくさんあって、すずしい風が吹いていました。そして、雨のふる音のように、ジイジイせみがないていました。また、あぶらぜみがなき、午後からはひぐらしがないたのでありました。正ちゃんは日にやけた黒い顔をして、ごはんを食べるのも忘れて、あそびにむちゅうの日が多かったのです。
 だから、晩がたは疲れてお家へかえり、お湯にはいると、すぐにいねむりをしてしまいました。
「そう毎日あそんでばかりいていいのですか?」と、お母さんがしんぱいをしておっしゃいました。
 すると、そばからお父さんが、
「いや、どこへも避暑にいかなかったのだから、休みのあいだだけじゅうぶんにあそばしてやればいい。」と、いわれたのです。
 正ちゃんは、お父さんの言葉がどんなにうれしかったかしれません。自分は、どこへもいきたいとは思いませんでした。ただ、あのお宮のけいだいで、年ちゃんや吉雄さんたちと仲よくあそんでいることができれば、それがなによりもたのしいことだと思いました。
「ねえ、お父さん。きょう紙芝居のおじさんが、じてん車をほったらかして木の下で、道具屋のおじさんと将棋をさしていましたよ。」と、話しました。
「ああそうか。あすこは涼しいからな。将棋をさしたり、ひるねをしたりするのにはいいだろう。」と、お父さんはわらわれました。
「紙芝居のおじさんは、なまけていけませんね。」と、正ちゃんは、まじめになっていいました。
 これをおききになったお母さんは、おかしくてたまらぬように、
「まあ、自分のなまけることはわからずに、ひとのなまけることはよくわかるんですね。」と、おわらいになりました。
 学校がはじまって、だんだん涼しくなると、みんなは勉強にせいを出さなければならなくなりました。
 ある日、正ちゃんのおさらい帳をごらんになったお母さんは、おどろいて、
「わからないところはみんな書いてないのですね。書いてあるところも、いくつかちがっているじゃありませんか。」といって、正ちゃんをおしかりになりました。
 正ちゃんは自分が悪いと思ったときは、だまっていました。
「なぜ、わからないところはお姉さんにでもきかないのですか。」
 お母さんはこのことを、お父さんにいわぬわけにはまいりませんでした。お父さんがおかえりなさって、一家のものがたのしく夕飯をすましたのちでありました。
「正ちゃんは、学校のことがちっともできないのでございますよ。これをごらんください。」といって、おさらい帳をお父さんの前にお出しになりました。
 お父さんは、できないとおききになると、ちょっと暗い顔つきをなさいましたが、おさらい帳をおとりあげになって、ていねいにごらんになりました。
「せみととんぼの絵を、おかきなさい。」と…

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