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銀河の下の町
ぎんがのしたのまち
作品ID52057
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-09-10 / 2014-09-16
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 信吉は、学校から帰ると、野菜に水をやったり、虫を駆除したりして、農村の繁忙期には、よく家の手助けをしたのですが、今年は、晩霜のために、山間の地方は、くわの葉がまったく傷められたというので、遠くからこの辺にまで、くわの葉を買い入れにきているのであります。米の不作のときは、米の価が騰がるように、くわの葉の価が騰がって、広いくわ圃を所有している、信吉の叔父さんは、大いに喜んでいました。
 信吉は、うんと叔父さんの手助けをして、お小使いをもらったら、自分のためでなく、妹になにかほしいものを買ってやって、喜ばせてやろうと思っているほど、信吉は、小さい妹をかわいがっていました。
 白い手ぬぐいを被った、女たちといっしょに、彼は、くわの葉を摘みました。そして摘まれた葉は、大きなかごに詰められて送られるのですが、彼はそれをリヤカーに乗せて、幾たびとなく、停車場へ運んだのであります。
 口笛を吹きながら、街道を走りました。空には、小波のような白い雲が流れていました。午後になると、海の方から、風が吹きはじめます。日がだいぶん西にまわったころ、ガラガラとつづいてゆく、荷馬車に出あいました。車の上には、派手な着物を被ておしろいをぬった女たちのほかに、犬や、さるも、いっしょに乗っていました。
「ああ、サーカスが、どこかへゆくんだな。」と、信吉は、思いました。
 昨日まで、町にきていて、興行をしていたのです。それが、今日、ここを引き揚げて、また、どこかへいって、興行をしようとするのでした。彼らは、住んでいたテントをたたんで、いっさいの道具といっしょに車へ積み、そして、芸当に使っていた馬に引かせてゆくのでした。その簡単な有り様は、太古の移住民族のごとく、また風に漂う浮き草にも似て、今日は、東へ、明日は、南へと、いうふうでありました。信吉はそれを見ると、一種の哀愁を感ずるとともに、「もっとにぎやかな町があるのだろう。いってみたいものだな。」と、思ったのでした。
 村に近い、山の松林には、しきりにせみが鳴いていました。信吉は、池のほとりに立って、紫色の水草の花が、ぽっかりと水に浮いて、咲いているのをながめていました。どうしたらあれを採ることができるかな。うまく根といっしょに引き抜かれたなら、家に持って帰って、金魚の入っている水盤に植えようと空想していたのでした。
 このとき、あちらの道を歩いてくる人影を見ました。よく、見ると、洋服を被た、一人の紳士でした。
「どこへゆくのだろう?」
 紳士は、めったに人の通らない、青田の中の細道を歩いて、右を見たり、左を見たりしながら、ときどき、立ち止まっては、くつの先で石塊を転がしたりしていました。
「どこの人だろう? あんな人はこの村にいないはずだが。」と、信吉は、その人のすることを見つめていました。



 やがて、紳士は、池のほとりに立って…

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