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草を分けて
くさをわけて
作品ID52058
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 11」 講談社
1977(昭和52)年9月10日
初出「せうがく三年生 13巻3号」1936(昭和11)年6月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-09-04 / 2016-06-10
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 兄さんの打った球が、やぶの中へ飛び込むたびに辰夫くんは、草を分けてそれを拾わせられたのです。
「なんでも、あのあたりだよ。」と、兄の政二くんは指図をしておいて、自分は、またお友だちとほかの球で野球をつづけていました。
「困ったなあ。」と、思っても、しかたがなかったので、辰夫くんは、しげった草を分けて、ボールをさがしにやぶの中へ入りました。
 さっきまで、はるぜみが、どこかで鳴いていました。その声が、ぴたりと止まってしまいました。
「あの、やさしい声のはるぜみをつかまえたいな。」と、思いました。そして、背の高い草を分けて、下の方を見ると、そこには、不思議な、静かな緑色の世界があって、土には、きれいな帽子をかぶった茸がはえていますし、葉の上には、花びらのついているように、珍しい蛾が休んでいますし、また生まれたばかりの、おはぐろとんぼが、うすい、すきとおる羽をひらひらさして飛んでいますし、青い、青い色をした、きりぎりすのような虫もいますし、よく見ると、名を知らない草が、かわいらしい花を咲かしたりしていました。
「きれいだなあ。」と、辰夫くんは、ボールを探すことも忘れて、はじめて気のついた、異った世界の景色に、うっとりと見とれたのです。そして、じっとそこにうずくまって、
「僕も、お仲間に入れてくれない?」と、いいますと、蛾は相談をしにいくのか、ちらちらと飛んで、あっちのしげみに入ってゆきました。すると、おはぐろとんぼも、あわてて逃げ出しそうにしましたから、
「僕は、生まれたばかりの、君なんかつかまえはしないよ。」と、辰夫くんは、おはぐろとんぼを呼びとめました。
 おはぐろとんぼは、はじめて安心したように、大きな目をくるくるさせて、
「いま、蛾さんが帰ってきますから、すこしお待ちください。」と、いって、自分は、大きな葉の蔭に姿を隠してしまいました。
 たぶん、蛾がいって相談したのでありましょう。ジイー、ジイーといって、すぐ近くで、はるぜみの鳴く声がしました。
「いいなあ、僕こんなところに、いつまでもじっとしていたいな。」と、辰夫くんは、思いました。そして、もう、ボールなど探しに入って、この小さいお友だちを驚かしたりしたくはなかったのです。
 このとき、兄の政二くんのかけてくる足音がして、
「辰夫、まだ見つからない?」と、いいましたので、辰夫くんは、
「見つからないよ。」と答えました。
「おかしいな。」と、いって、政二くんは、大きなくつで、草の上を遠慮なしに踏んで入ってきました。虫たちは、どんなに驚いたかしれません。たちまち大騒ぎとなりました。
「なければ、いいよ。もうお昼だから、お家へ帰ろう。」と、政二くんは、いって、やぶの中から出ました。辰夫くんも、つづいて出ました。
「兄さん、午後から釣りにいくの?」と辰夫くんはききました。
「いくかもしれない。」
「つれていっ…

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