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さびしいお母さん
さびしいおかあさん
作品ID52064
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 11」 講談社
1977(昭和52)年9月10日
初出「教育・国語教育」1936(昭和11)年2月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2016-09-04 / 2016-06-10
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 二時間の図画の時間に、先生が、
「みなさんのお母さんを、描いてごらんなさい。」と、おっしゃいました。
「先生、お母さんのない人は、どうしますか?」と、いったものがあります。
「お母さんのない人は、だれですか?」
「武田くんは、お母さんがないのです。」
「じゃ、ない人は、お父さんをおかきなさい。」と、先生はおっしゃいました。
 みんなは、静かになりました。そして、年ちゃんは、まるまるとした手に鉛筆を握って、お母さんの、お顔を思い出しているうちに、
「いまごろ、お母さんは、どうしていらっしゃるだろうな。」と、ほんとうに考えたのでした。
 昨日の夜でした。お父さんが、お出かけなさろうとして、
「まだ、着物はできないのか?」と、お母さんに、おっしゃいました。
「もうすこしですけれど、まだできあがっていないのです。」と、お答えなさると、
「なにをぐずぐずしているんだ。」と、お父さんは、お怒りになりました。
 そのとき、お母さんは、
「昼前に、お客さまがあって、お帰りなされると、もうお昼ですし、昼過ぎに仕事をしかけますと、年ちゃんが帰ってきて、そして、遊びに出て、ころんできましたので、お洗濯をしてやりました。つぎに、花子が帰ってきて、お友だちのところへゆくのだから、髪を結ってくれといいますので、髪を結ってやったりしていますと、もう晩方になりました。晩には、お湯があるので、お湯に入ってからは、じき年ちゃんは眠たがりますから、その前に学校のおさらいをしてやりますと、ほんとうに、お仕事をする時間というものがなかったのでした。今夜は、おそくなっても縫い上げるつもりでいます。」と、お母さんは、おっしゃっていました。そばでこれをきいていた年ちゃんは、もしそれでお父さんが、怒るなら、お父さんがわるいと思いましたが、お父さんは、だまっていました。
 いま、そんなことを考えると、お母さんが、なんだか、かわいそうになりました。
「あの原っぱで、あんなことをして遊ばなければ、ころびもしなくて、よかったのだ。」と、年ちゃんは、昨日、材木がたくさん積んである上を、吉雄くんや、賢二くんと、駈け足をして渡っているうちに、水たまりへ落ちて、着物をよごしたことを思ったのです。
「いまごろ、お母さんは、どうしていらっしゃるだろうな。」
 いつもお仕事をなさるところにすわって、お母さんは一人で、ガラス戸の内から、外のお庭を見ていらっしゃる姿を、年ちゃんは、目に浮かべたのでした。そして、うぐいすが、きょうも昼前に飛んできて、赤い実のなった、梅もどきの木や、つばきの枝にとまって、虫をさがしているのを、お母さんは、見ていらしたのです。しかし、そのお母さんの顔はさびしそうでありました。
 年ちゃんは、図画紙の上へ、さびしいお母さんのお顔を描きました。なんだか、そのお母さんは、泣いていらっしゃるようです。
「こんな…

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