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真吉とお母さん
しんきちとおかあさん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-04-10 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 真吉は、よくお母さんのいいつけを守りました。お母さんは、かわいい真吉を、はやくりっぱな人間にしたいと思っていました。そして、平常、真吉に向かって、
「人は、なによりも正直でなければなりません。また、よわいものを、いじめてはいけません。正しいと思ったら、相手がいかに強くても、恐れずに、信じたことをいわなければなりません。昔の偉い人は、みんなそうした人たちでありました。また、小さな日本の国が、大きな国と戦って、勝つことができたのは、日本人にこの精神があったからです。貧乏をしてもけっして曲がった考えを持ってはならないし、困っているものがあったら、自分の二つあるものは、一つ分けてやるようにしなければなりません。」と、日ごろから、よくいいきかされたのでありました。
 真吉は、外にいても、内にいても、よくお母さんの手助けをしましたが、お父さんがなかったので、奉公に出なければならなくなりました。それも、遠い東京へゆくことになりました。東京には、まだ顔を知らない叔父さんが住んでいられて、いい奉公口をさがしてくだされたからです。
 なつかしい川、森、野原、そして、仲のいいお友だちや、かわいいペスに、白のいる村から、そればかりか、やさしいお母さんと別れなければならぬのは、どんなに真吉には悲しいことであったでしょう。
「僕、お母さんといっしょなら、どんなさびしいところでもゆくのだがなあ、そして、ちっとも、さびしいことはないんだがなあ。」と思って、涙にくれました。
 お母さんは、お母さんで、まだ年のいかない、だいじな、かわいい子を手もとからはなすのは身を裂かれるような苦しみでありました。
「夜中に、夜具からはみだしても、いままでのように、だれがかけてくれるだろう。かぜをひかなければいいが、なにから、なにまで、私が世話をしてやったのが、もう旅に出れば、めんどうを見てくれるものもないだろう。」と、お母さんは、ひとりで考えて、涙をふいていました。
 しかし、一家の都合では、どうすることもできません。いよいよ真吉の出発の日がやってきました。お母さんは、泣き顔を見せてはいけないと思って、
「さあ、元気よくいっておいで。道中気をつけて、あちらについたら、この赤いふろしきを持って改札口を出ると、叔父さんが、迎えに出ていてくださるから、お母さんの、日ごろいったことをよく守って、偉い人になっておくれ。こちらのことは、けっして、心配しなくていいのですから。」と、おっしゃいました。
 真吉は、日本男子というものは、泣くものでないと、学校の先生からきいていたので我慢をして、
「いってまいります。」と、頭をさげて、家を出ました。そして、後をふりかえり、ふりかえり、二里の道を歩いて、町へ出て、そこから汽車に乗ったのでありました。
 はじめて、遠方へゆく、汽車に乗ったので心細かったのです。窓ぎわに小さくなって…

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