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空晴れて
そらはれて
作品ID52073
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-09-13 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 山間の寂しい村には、秋が早くきました。一時、木々の葉が紅葉して、さながら火の燃えついたように美しかったのもつかの間であって、身をきるようなあらしのたびに、山はやせ、やがて、その後にやってくる、長い沈黙の冬に移らんとしていたのです。そこにあった、みすぼらしい小学校へは、遠く隣村から通ってくる年老った先生がありました。日の長い夏のころは、さほどでもなかったが、じきに暮れかかるこのごろでは、帰りに峠を一つ越すと、もう暗くなってしまうのでした。
「先生、天気が変わりそうです。早くお帰りなさらないといけません。」
 少年小使いの小田賢一は、いったのでした。子供たちは、すべて去ってしまって、学校の中は、空き家にも等しかったのです。教員室には、老先生が、ただ一人残って、机の上をかたづけていられました。
「小田くん、すこし、漢文を見てあげよう。用がすんだら、ここにきたまえ。」と、老先生は、いわれた。
「先生、しかし、あらしになりそうです。また暗くなって、お帰りにお困りですから。」と、小田は、遠慮したのでした。
 彼は、この小学校を卒業したのだけれど、家が貧しくて、その上の学校へは、もとより上がることができなく、小使いに雇われたのでした。そして、夜は、この学校に泊まって、留守番をしていました。雪がたくさんに積もると、老先生も、冬の間だけ、学校に寄宿されることもありました。
 先生は、小田が忠実であって、信用のおける人物であることは、とうから見ていられたので、彼に、学問をさしたら、ますます善い人間になると思われたから、このごろ、暇のあるときは、わざわざ残って「孝経」を教えていられたのです。
 ぱらぱらといって、落ち葉が、風に飛ばされてきて、窓のガラス戸に当たる音がしていました。
「子曰夫孝天之経也。地之義也。民之行也。――この経は、サダマリというのだ。そして、義は、ここでは道理という意味であって、民は即ち人、行はこれをツトメというのだ。」と、老先生は、教えていられました。賢一は、頭を垂れて、書物の上を見つめて、先生のおっしゃることを、よく心に銘じてきいていました。
 やがて、講義が終わると、先生は、眼鏡ごしに、小田を見ていられたが、
「時に小田くん、君はたしか三男であったな。」と、きかれた。
「はい、そうです。」
「べつに、農を助ける人でないようだな。それなら、東京へ出て働いてみないか。いや、みだりに都会へゆけとすすめるのでない。」と、先生は、おっしゃられた。
「先生、私はまだそんなことを考えたことがございません。」
「いや、それにちがいない。どこも就職難は同じい。ことに都会はなおさらだときいている。それを、こういうのも、じつは、昔、私の教えた子で、山本という感心な少年があった。父親は、怠け者で、その子の教育ができないために、行商にきた人にくれたのが、いま一人前の男となって、…

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