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谷にうたう女
たににうたうおんな
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-10-01 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 くりの木のこずえに残った一ひらの葉が、北の海を見ながら、さびしい歌をうたっていました。
 おきぬは、四つになる長吉をつれて、山の畑へ大根を抜きにまいりました。やがて、冬がくるのです。白髪のおばあさんが、糸をつむいでいるように、空では、雲が切れたり、またつながったりしていました。
 下の黒土には、黄ばんだ大根の葉が、きれいに頭を並べていました。おきぬは子供がかぜぎみであることを知っていました。持ってくるはずのねんねこを忘れてきたのに気がついて、
「長吉や、ここに待っておいで、母ちゃんは、すぐ家へいってねんねこを持ってくるからな。どこへもいくでねえよ。」
 子供は、だまって、うなずきました。
 おきぬは、ゆきかけて、またもどってきました。
「ほんとうに、どこへもいくでねえよ。そこにじっとして待っていれや。」
 そういって、彼女は、坂道を駈け下りるようにして、急ぎました。
 あたりには人の影もなかったのです。くりの木のこずえについていた枯れた葉は、今夜の命も知らぬげに、やはり、ひらひらとして、風の吹くたびに歌をうたっていました。そしてふもとの水車場から、かすかに車の音がきこえてきました。
 すこしの間が、小さな長吉にとっては、堪えられないほどの長い時間でした。
「おっかあ。」といって、子供は、母を呼んで泣き出しました。
 しかし、いくら呼んでも、この子供の声は、下の村へは達しなかったでありましょう。
 このとき、どこからか、笛と太鼓の音がきこえてきました。それは、村の祭りのときにしかきかなかったものです。山の林に鳴く、もずや、ひよどりでさえ、こんないい声は出し得なかったので、長吉は、ぼんやりと、その音のする方を見ると、山へ登ってゆく道を、赤い旗を立て、青い着物をきた人たちが列をつくって歩いてゆきました。そして、その後から、にぎやかな子供たちの話し声などがしてくるので、泣くのを忘れて見とれていると、葉の落ちて、裸となった林の間から、その列がちらちらと見えたのです。長吉は、いそいで、その後を追いかけました。
 二、三度も彼はころんだけれど、泣きもせずその後を追いかけてゆきました。
 空で、糸をつむいでいた、白髪のおばあさんの姿が見えなくなって、風が募ってきました。おきぬが畑にもどってきたときには、くりのこずえにしがみついて歌をうたっていた葉が、くるくるとまわって、がけの底の方へ落ちていったのです。
「長吉や、長吉や、長吉はどこへいったろう?」
 彼女は、あらしのうちを、さがしまわりました。
 山の上へとつづいている道は、かすかにくさむらの中に消えていました。そして、山の頂は灰色に曇って、雲脚が、速かったのです。
 村じゅうが、大騒ぎをして、長吉をさがしたけれど、ついにむだでありました。年寄りたちは、
「前にも一度こういうことがあった。人さらいにつれていかれたか、たぬ…

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