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命を弄ぶ男ふたり(一幕)
いのちをもてあそぶおとこふたり(ひとまく)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集1」 岩波書店
1989(平成元)年11月8日
初出「新小説 第三十巻第二号」1925(大正14)年2月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-01-30 / 2016-04-13
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


人物
眼鏡をかけた男
繃帯をした男


[#改ページ]

鉄道線路の土手――その下が、材木の置場らしい僅かの空地、黒く湿つた土の、ところどころに、踏み躙られた雑草。
遠くに、シグナルの赤い灯。
どこかに、月が出てゐるのだらう。

眼鏡をかけた男――二十四五ぐらゐに見える――が、ぽつねんと、材木に腰をかけてゐる。考へ込む。
溜息をつく、洟をかむ。眼鏡を外して拭く。髪の毛をむしる。腕組みをする。服の皺を伸ばす。舌を出す。

繃帯をした男が現はれる。つまり、顔中繃帯で包んでゐるわけであるが、両方の眼と、鼻の孔と、口の全部、それだけが切り抜いてある。
眼鏡をかけた男の前を行つたり来たりする。そこに人がゐるのを知らないやうにも思はれる。土手の上にあがるが、すぐ降りて来る。

眼鏡  君、君、踏切はもつと先ですよ。
繃帯  (別段驚いた様子もなく)さうですか。踏切はもつと先ですか。(独言のやうに)踏切はもつと先……と(眼鏡をかけた男と並んで腰をかける)
眼鏡  どこかへいらつしやるんですか。
繃帯  行かうと思ふんですがね。君も、どつかへいらつしやるんですか。
眼鏡  行かうか、どうしようかと思つてるんです。
繃帯  なるほど。行くのもいゝが、どんなものですかね。うまく、一と思ひに、行けますかね。
眼鏡  さあ、行つて見ないことにや、わかりませんな。

(長い沈黙)

繃帯  君は、どう思ひます、此の辺ぢや、やつぱり、此処でせうな。
眼鏡  さうですな、まあ、此処らあたりでせうな。
繃帯  迷ふことはないんだが、さて、迷ひますな。
眼鏡  いろいろ考へるからですな。どうにもしようがないといふ場合に、これですからな。
繃帯  僕は、かう見えて、センチメンタルなことは嫌ひな男ですがね。書置一つしてないんです。それといふのが、理由ははつきりしてゐるし、これがまた、至極、散文的でしてね。
眼鏡  いや、その点では、僕なども同様ですよ。それや、人によつては、別の道を選ぶかも知れませんが、結局、癒らない疵は癒らないんですからね。
繃帯  君の云はれることは、どうもよくわかりませんが、さういふ意味でなく、僕は、死といふことによつて、或る問題を解決しようとしてゐるのではなく、既に死人に等しい自分のからだを、自分で始末しようとしてゐるだけなのです。だから、何も、今更、英雄的な覚悟や、非現実的な空想で、此の一瞬間を、悲壮な物語りに作り上げる必要はないのです。
眼鏡  僕も、それを云ふのです。どうせ自分は意気地なしだ。人生の敗残者だ。運命の犠牲者だ。さう思へばこそ……。
繃帯  いや、いや、君はわかつてゐないんです。それや、その筈だ。君は、かう云つちやなんだが、一時の出来心でせう。恋人に捨てられたとか、会社の金を遣ひ込んだとか、誤つて人を殺したとか……。
眼鏡  …

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