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灯ともし頃
ひともしごろ
作品ID52084
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集1」 岩波書店
1989(平成元)年11月8日
初出「女性 第七巻第四号」1925(大正14)年4月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-02-03 / 2016-04-13
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

荒廃した庭園の一隅。
藻屑に覆はれた池のほとり。
雑草の生ひ茂つた中に、枯れ朽ちた梅の老樹。
晩春――薄暮。

少年が一人、ぽつねんと蹲つてゐる。手に持つた竹竿で、時々、狂ほしく草叢を薙ぐ。顔は泣いてゐるが、涙は出てゐない。
帽子が傍らに脱ぎ棄てゝある。

少女の声が池の彼方に聞える。
――もう遅いから、あたし、帰るわ。
別の声が之に応へる。
――えゝ、ぢや、また明日ね。
ついで、
――さよなら。
――さよなら。

寂寞。

少年は、手で草を引き抜き、その茎を噛む。
かすかに、飴屋の囃し。

突然、太い男の声。
――一郎。
少年は、飛び立つやうに驚く。
――一郎。
少年は、おづおづ、梅の樹に縋る。
――一郎。

癇走つた女の声 ――あなたは、一郎を連れて、何処へでも行つて下さい。
男の声 ――おれにはおれの仕事がある。(間)暗い。ランプは誰がつけるんだ。

少年は、しくしく泣き出す。

女の声 ――三郎。(間)三郎。(間)お前は、また、なにしてるんだい、そんな暗い処で。早く兄さんを呼んでおいで。
男の声 ――電気はまだ来ないのか。
女の声 ――静かにして下さい。赤ん坊が眠てるんですよ。
男の声 ――黙つてろと云ふのか、よし、黙つてゝやる。一生、黙つてゝやる。

長い沈黙

「兄さん、兄さん」と呼ぶ声。弟らしき少年が現はれる。

三郎  兄さん、御飯。
一郎  …………
三郎  御飯だよ。すぐ来ないと、また叱られるよ。
一郎  …………
三郎  暗くなると、また道がわからなくなるよ。
一郎  僕たちがゐなくなつたら、お父さんやお母さんはどうすると思ふ。
三郎  …………
一郎  お前は、お父さんやお母さんが好きか。
三郎  …………
一郎  お前は、お父さんや、お母さんが怖いかい。
三郎  兄さんは怖くないの。
一郎  もう怖くない。
三郎  どうして。
一郎  いゝことを考へたんだ。二人で何処かへ隠れてやるんだ。池ん中へ落ちて死んだと思ふよ。びつくりするぜ。
三郎  またあとで叱られるよ、きつと。
一郎  さうしたら、ほんとに死んでやるさ。わけはないよ。
三郎  死んでどうするの。
一郎  わからないかなあ……。ほんとに死んだら、お母さんが泣くよ。お父さんはどうかなあ。やつぱり泣くよ。義ちやんが死んだとき、伯父さんが泣いてたぢやないか。
三郎  僕は、泣かないと思ふなあ。



三郎  なんだらう、あそこに動いてるのは。
一郎  どこで。

(二人は池の面を見つめる)

三郎  いつかの白いもの、まだゐるかねえ。
一郎  ゐるさ。



三郎  もう駄目だよ。今から帰ると……。きつと、燈火がついてるから……。僕のせいぢやないから、いゝや。



一郎  さ、早く隠れよう。(三郎の手を取る)
三郎  (躊躇しながら)また叱られるつてば。
一郎  馬鹿、叱…

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