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もののいえないもの
もののいえないもの
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
初出「大毎コドモ」1934(昭和9)年10月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2015-08-06 / 2015-05-24
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 敏ちゃんは、なんだかしんぱいそうな顔つきをして、だまっています。
「どうしたの?」と、姉さんがきいてもだまっています。
「おかしいわ。いつも元気なのに、けんかをしてきたんでしょう。」
「ばか。だれがけんかなんかするものか。」
「じゃ、どうしたの?」
「なんでもないのだよ。」
 敏ちゃんは、あちらへいってしまいました。そしてまた、考えていたのです。それには原因があったのです。わけといって、ただお友だちの徳ちゃんが、今日川へ釣りにいって見てきたことを話しただけですが。
「今日、僕、釣りにいったら、一匹の大きなへびがいなごをのんでいるのを見たんだよ。へびって、にくらしいやつだね。だから、石をなげてやった。」
「そうしたら、どうしたい?」
「どこかへはいって、見えなくなってしまったよ。」
 話というのは、ただこれだけです。けれど、敏ちゃんにはその話がなんでもなくなかったのは、つい二日まえのことでした。長いあいだかわいがっていたきりぎりすを、その田んぼの方へ逃がしてやったからです。なぜ、そんなにかわいがっていたきりぎりすを逃がしたかというのに。
 ちょうど兄の太郎さんが、お庭で草をとっていましたが、家へあがってくると、
「くもという虫は、りこうなものですね。平生は、おくびょうですぐ逃げるくせに、子供を持っているとなかなか逃げないで巣の中にじっとして、子供をまもっていますよ。かわいそうだから、その草をぬかずにおきました。」と、話しました。
「きっと、くものお母さんでしょう。くもにも母性愛というものがあるのでしょうね。」と、お母さんがおっしゃいました。
 そのとき、敏ちゃんは、のき下にかかっているかごの中の、きりぎりすを見あげていましたが、
「きりぎりすにもお母さんはあるの?」と、ききました。
「それは、あるわよ。敏ちゃん、逃がしておやりよ。」と、姉さんがいいました。
「かわいそうだから、僕、いやだ。」
「かわいそうだから、逃がしてやるのよ。」
「雨がふったり、風が吹いたりするじゃないか。」
「それはしかたがないわ、やぶの中に住んでいるのだもの。それよりか、こんなせまいかごの中に入れておくほうが、よっぽどかわいそうだわ。」
 姉さんと敏ちゃんとは、そんなことをいいあっていました。
「もっと大きなかごに入れてやればいいんだ。」と、兄さんがいいました。
「だんだんきゅうりがなくなるから、それより逃がしてやったほうがいいでしょう。」と、お母さんがおっしゃいました。
 敏ちゃんは、くもの話から急に自分のきりぎりすが問題になったのが、わからないような、理由がないような気がしましたが、考えているうちにだんだん、こうしてきりぎりすをかごの中に入れておくことは、よくないように思われたのです。
「逃がしてやったら、お母さんにあえる?」
「それは、わからないけれど、きっとよろこぶにちがいあ…

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