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千里の駒後日譚拾遺
せんりのこまごじつのはなししゅうい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「坂本龍馬全集」 光風社出版
1988(昭和63)年5月20日
初出「土陽新聞」1899(明治32)年11月26、28、29日
入力者Yanajin33
校正者Hanren
公開 / 更新2011-07-23 / 2016-02-02
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

川田雪山、聞書
「土陽新聞」連載、明治三十二年十一月

(一回)

近頃再びお龍氏に面会しまして後日譚が無い事を聞きましたから、拾遺として一ツ二ツ話しませう。文中に私とあるは例に依てお龍氏自身の事と御承知を願ひます。
 十一月旬九
雪山しるす

◎橋本久太夫は大坂に居た頃は妻を二人持て居りました。一人は長崎の女郎、一人は大阪の芸者でした。私が妻を二人も持つてはイケぬ、どれか一人にするがよいと云ふと、見てください、どちらが宜うご座いませうと云ふから私が二人に逢つて見ると、長崎のは国へ帰りたいと云つて居るし、大坂のは親の為めに芸者になつたと云つてましたが顔もよし温厚しさうな女でしたから、帰りたいと云ふのは帰して大坂の方を取れと云ふと橋本も其気になり帰すことにしましたが、サア路用が要る、私しが十四五両なら貸してやると云ふと直ぐ、ソンナラ拝借と手を出しましてネ、ホヽこんな面白い男ですよ、つゞまり帰して大阪のを本妻にしました。お房と云ふ女です。後に私が東京へ出た時高輪でフイと橋本に邂逅ひ、マア私の家へ来なさいと云ふから二三日世話になりましたが、お房が、あなたのお蔭で酒呑みだけれどマア橋本さんと副つて居ます、お恩返しはこんな時にせねばする時が無い、と云つて親切にして呉れました。自分の所夫だけれど矢ツ張り橋本さん/\とさん付けにして居りました。
◎伏見で居た時分夏の事で暑いから、一晩龍馬と二人でぶら/\涼みがてら散歩に出掛けまして、段々夜が更けたから話しもつて帰つて来る途中五六人の新撰組と出逢ひました。夜だからまさか阪本とは知らぬのでせうが、浪人と見れば何でも彼でも叩き斬ると云ふ奴等ですから、故意私等に突当つて喧嘩をしかけたのです。すると龍馬はプイと何処へ行つたか分らなくなつたので、私は困つたが茲処ぞ臍の据え時と思つて、平気な風をして、あなた等大きな声で何ですねゑ、と懐ろ手で澄して居ると、浪人は何処へ逃げたかなどブツ/\怒りながら私には何もせず行過ぎて仕舞ひました。私はホツと安心し、三四丁行きますと町の角で龍馬が立留て待て居て呉れましたかね、あなた私を置き去りにして余んまり水臭いぢやありませんかと云ふと、いんにやさう云ふ訳ぢや無いが、彼奴等に引掛るとどうせ刀を抜かねば済まぬからそれが面倒で陰れたのだ。お前もこれ位の事は平生から心得て居るだらうと云ひました。
◎新宮さんは器用な人で慥か小龍とかいふお方の弟子だつた相で画も上手でしたが、或日女が丸はだかで居る絵を書て、腰の辺から股の中の事まですツかり画いて居りました。美男でしたから、君は男振りが好いから女が惚れる、僕は男振りは悪いが矢ツ張り惚れる、などゝ龍馬がてがうて居りました。

(二回)

◎吉村(寅太郎)さんには私は逢つた事は有りませぬが、龍馬が常に話して居りました。大和へ行く前に京都の骨董屋で緋威の鎧を百両で買ふ約束を…

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