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質屋の小僧
しちやのこぞう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻18 質屋」 作品社
1992(平成4)年8月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2012-01-04 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私がどんなに質屋の世話になつたかといふ事は、これまで、小説に、随筆に、既にしばしば書いたことである。だが、私だとても、あの暖簾を単独でくぐるやうになる迄には、余程の決心を要した。私が友人を介して質屋の世話になり始めてから、友人なしに私一人でそこの敷居をまたぐやうになつた迄には、少なくとも二年の月日がかかつた。
 それは私が二十四歳の秋の末のことであつた。その秋の初の頃、私の出世を待ち兼ねて、私の母が長い間居候をしてゐた大和の知合の家に別れを告げて私を便つて上京して来たのであるが、当時私はただ一文の収入の方法も知らなかつたのであるが、仕様がないので、取敢ず本郷区西片町に小さな借家を見つけて、母と二人で暮しはじめた。さうして私は中学校の国語、漢文、英語等の教科書の註釈本の仕事をしてゐる人に頼んで、その下仕事をさしてもらふやうになつた事まではよかつたのであるが、幾ら私が精出しても、その人が報酬をくれないのである。いや、あの原稿は大分誤謬が多いので、私が今訂正中だとか、いや、本屋の主人が今旅行中で留守だとか、いや、昨日までの本屋は失敗して夜逃げしたとか、――それで、私は三ヶ月の間に、一度金十円もらつたことがある切りだつた。当時私の母は五十歳であつたが、五十年の間に彼女はその時私たちが陥つたやうな貧乏な境涯の経験は初めてであつたに違ひない。彼女は月末の言訳に困る時、少女の泣顔のやうな表情をした。が、私にして見ると、全然あてがない訳ではなかつたから、もう三日、もう五日と彼女に約束するのであるが、註釈本の親方が一向その約束を守らないので、しぜん母が勘定取に対する約束も間違つて来るのである。彼女は、「もう国の方から為替を出したといつて来たんですが、まだ参りませんので、もう今日にも届くだらうと思ひますから、」などといふ、私が教へた口実にも、直ぐに窮してしまつて、茶の間の隅で小鳥のやうに震へてゐた。実際、あの頃の、玄関の明くベルの音に対する恐怖は、その後長い間私の記憶に止まつて、どんなベルの音にも、私は聞く度にはッとしたものである。恐らく彼女もさうであつたに違ひない。
 その頃には、私も彼女に、彼女が私の長い学校生活の間に送つてくれたもので、質屋に入れて失つてしまつたものがあることは、すつかり打明けてゐた。が、それ等はみな私自身の手ではなく友人を通じて質屋の世話になつたものであつた。――或る日、私は彼女と火鉢に差向ひに坐つてゐた。その頃は、私には彼女と二人で差向ひになることが非常な苦痛であり恐怖であつた。私たちはなるべく二人切りにならないやうに、二人になつてもなるべく口をきかないやうに、出来るだけ張り合つて、顔を見合したら睥み合ふやうにして暮してゐた。心の中で、私は彼女に、あなたがこんなに突然出て来るものだから、こんな貧乏な目を見なければならないのだ、然し、私だつて遊んでる訳…

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