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福沢諭吉
ふくざわゆきち |
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作品ID | 52212 |
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副題 | ペンは剣よりも強し ペンはけんよりもつよし |
著者 | 高山 毅 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「福沢諭吉」 講談社火の鳥伝記文庫、講談社 1981(昭和56)年11月19日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2012-01-01 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 111 ページ(500字/頁で計算) |
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この伝記物語を読むまえに
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「天は人の上に人をつくらず、
人の下に人をつくらず。」
明治のはじめ、「学問のすすめ」で、いちはやく
人間の自由・平等・権利のとうとさをとき、
あたらしい時代にむかう日本人に、
道しるべをあたえた人。
それまでねっしんにまなんだオランダ語をすてて、
世界に通用する英語を、独学でまなんだ人。
アメリカやヨーロッパに三度もわたり、
自分の目でじっさいにたしかめた、
外国のすすんだ文化や思想をしょうかいし、
大きなえいきょうをあたえた人。
上野の戦争のとき、砲声をききながら、
へいぜんと講義をつづけた人。
福沢諭吉は、ながい封建制度にならされた人々を
目ざめさせるのは、学問しかないと、
けわしい教育者の道をえらびました。
いま、慶応義塾大学の図書館には、
「ペンは剣よりも強し。」
のことばが、ラテン語で書かれています。
諭吉の一生は、この理想でつらぬかれました。
日本の民主主義を考えるとき、
わたしたちはいつも、
諭吉にたちかえらなければなりません。
[#改ページ]
1 勉強はごめんだ
びんぼうどっくりをさげた少年
夏のはじめのある日の午後のことでした。
十二、三さいになる少年が、九州の中津(大分県)の町を、むねをはってあるいていました。こしに大小の刀をさしているので、士族(さむらいの家がら)の子どもとすぐわかりますが、ふるぼけたふろしきづつみを左の小わきにかかえ、小さなとっくりをその手にさげています。どうやら少年は、町に買いものにきたかえりのようでした。
町人たちは、さも、ふしぎなものをみたといわんばかりに、少年のうしろすがたをゆびさして、ささやきあいました。
「おさむらいの子が、まっ昼間、どうどうと、びんぼうどっくりをさげて、買いものにくるとは、おどろいたな。」
「まったくだ。ちかごろは、おさむらいも、ふところぐあいがよくないとみえて、一しょう(一・八リットル)どっくりをさげて買いにみえるが、はずかしそうにほおかむりをして、しかも、日のくれがたとか、夜になってから、買いにくるというのが、ふつうだからな。」
「まあ、おさむらいには、士族としての体面(せけんにたいするていさい)があるからな。それを、あのようにどうどうと……いったい、どこの子どもだろう。」
町人たちがはなしている、その少年は、じりじりとてりつける太陽にあせばんだのか、ときおり、右手で、ひたいのあせをふきながら、士族やしきへかえっていきました。
やがて、少年がたちどまったのは、門こそありますが、ふるぼけた、そまつなかやぶきやねの家でした。
「ただいま、かえりました。」
少年が、げんかんからはいると、
「おかえり、諭吉。ごくろうだったね。とちゅうで、知りあいの人にあわずにすんだかね。」
と、お母さんのお順がやさしくむかえました。…