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青銅の基督
せいどうのキリスト
副題――一名南蛮鋳物師の死
――いちめいなんばんいものしのし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 36 長與善郎・野上彌生子集」 筑摩書房
1971(昭和46)年2月25日
入力者門田裕志
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-01-01 / 2014-09-16
長さの目安約 132 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 父秀忠と祖父家康の素志を継いで、一つにはまだ徳川の天下が織田や豊臣のやうに栄枯盛衰の例に洩れず、一時的で、三代目あたりからそろ/\くづれ出すのではないかと云ふ諸侯の肝を冷やす為めに、又自分自らも内心実はその危険を少からず感じてゐた処から、さし当り切支丹を槍玉に挙げて、凡そ残虐の限りを尽した家光が死んで家綱が四代将軍となつてゐた頃の事である。
 実際、無抵抗な切支丹は、所謂柔剛その宜しきを得て、齢に似合はずパキ/\と英明振りを発揮して、早くも「明君」と云はれた家光が、一方「国是に合はぬ」事は何処迄も厳酷に懲罰して仮借する処がないと云ふ「恐ろしさ」を諸侯に示すには得易からざる無難な好材料であつた。「何と云つてもまだあの青二才で」と高を括つて見てゐるらしく思はれた諸侯達を、就職のとつ始めから度胆を抜いてくれようと思つてゐた若将軍の切支丹に対する処置の酷烈さと、その詮索し方の凄まじい周到さとはたしかに「あはよくば又頭を擡げる時機も」と思つてゐた諸侯の心事を脅し、その野望を断念せしめて行くには効き目は著しかつた。奥羽きつての勢力家で、小心で、大の野心家であつた伊達政宗さへ、此年少気鋭な三代将軍の承職に当つて江戸に上つた際、五十人の切支丹の首が鈴ヶ森で刎ねられるのを眼のあたり見て、その耶蘇教に対する態度をガラリと変へた程であつた。
 かくて何でもかんでも徳川の基礎を万代に固める事が自家一代の使命であると心得てゐた家光は諸侯と直接刃を交へて圧迫するやうなまづい手段に依らずに、諸侯がとも角も同意しない訳に行かぬ理由と名義の下に、此日本の神を否定し、仏を否定し、国法を無視し、羊のやうな柔和な顔をして、其実国土侵略の目的を腹に持つてゐる狼の群を鏖殺しにする事に依つて、間接に徳川の威勢を天下に示し、同時に自分の反照を眼のあたり見る事が出来る事を此上もなく面白がり、喜んだ。何となく気味のわるかつた姻戚の伊達政宗迄が思ひがけない奥羽での切支丹迫害の報告書を奉つた時、彼は自分がもうそれ程迄におそれられてゐるのかと云ふ得意の為めに、まだどこか子供々々した俤のぬけきらぬ顔を赭くし、パタ/\とその書面を叩き乍らそれを奥方に見せに座を蹴つて立つた程であつた。
 併し切支丹が神の道と救ひの教へを説くと称して実は日本侵略が目的であると云ふ事は只彼の構へた口実ではなかつた。実際彼はさう信じてゐたので、それは又その筈であつた。朝廷に最も勢力のあつた神道主義者と仏僧との耶蘇教に対するあらゆる反対讒訴姑息な陰謀は秀吉時代からの古い事であつたが、まだその他に商業上の利害の反目からフランシスコ・ザ[#挿絵]リオ以来日本の貿易と布教とを一手に占めてゐた葡萄牙人を陥れようとして、元来西班牙の広大な領土は宣教師を手先に使つて侵略したものだと実しやかに述べ立てる西班牙人があり、又家康の時には更に西班牙と葡萄牙…

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