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岐阜提灯
ぎふちょうちん
作品ID52280
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談大全 第一巻 女怪の館」 国書刊行会
1995(平成7)年7月10日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-05-12 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#挿絵]

 真澄はその晩も台所へ往って、酒宴の後しまつをしている婢から、二本の残酒と一皿の肴をもらって来て飲んでいた。事務に不熱心と云うことで一年余り勤めていた会社をしくじり、母の妹の縁づいている家で世話になって勤め口を捜しているが、折悪しく戦後の不景気に出くわしたので口が見つからないけれども、生れつきの暢気な彼は、台所の酒を盗み出したり残酒をもらったりして、それを唯一の楽しみにしてなんの不平もなしにその日を送っていた。
 真澄はもう一本の銚子を皆無にしてしまって二本目の銚子を飲んでいたが、なるたけ長く楽しみたいので、一度注いだ盃は五口にも六口にもそれを甞めるようにして飲んだ。そして、思い出したように銚子を持ちあげて見てその重みを量っていた。
 それは秋のはじめでもう十二時近かった。叔母の跫音だけには何時も注意を置いていたが、その叔母ももうとうに寝ていることが判っているので、ほとんど持ち前の暢気をさらけ出して眼をつむってとりとめのないことを考えてみたり、時とするとすこし開けてある中敷の障子の間から外の方を見たりした。外にはうす月が射して灰色の明るみがあった。そこには二三本の小松がひょろひょろと立っており、その根元にはそこここに萩の繁りが見えて虫の声がいちめんに聞えていた。
 真澄は盃を持ったなりにまたおもい出したように、斜に見えている母屋の二階の簷に眼をやった。そこには叔母の好みで夏から点けている岐阜提燈の燈があった。何時も寝る時には消すことになっている提燈の燈が、その晩に限って点いているので彼は不思議に思った。火の始末のやかましい叔母も客の疲れで寝たものであろうか、そうだとすると己が往って消して来なくてはならないと思ったが、座を起つのがおっくうであるから、そのうちには蝋燭がなくなって消えるだろう、消えてしまえばべつに危険なこともないから、飲みながら消えるのを待とうとずるいことを考えながらまたそのほうへ眼をやった。と、その提燈は何人かつるしてある釘から除ったように、燈の点いたなりにふわふわと下へ落ちて来た。真澄はしまったと思って盃を置いた。
 提燈はそのまま屋根の上へ落ちたが足でもあって歩くように、屋根瓦の上をつるつると滑ってそして下へ落ちた。真澄は不思議に思って提燈を見つめた。その時提燈の燈はちらちらと数瞬するように消えてしまったが、それといっしょに一疋の白い犬の姿がそこに見えた。真澄は眼をひかずにそれを見た。
 白い犬の姿はゆっくりと背延びをするように体をのびのびとさしたが、やがて歩きだして中敷の前を掠めて裏門の方へ往った。真澄は彼奴おかしな奴だなひとつ見とどけてやれと思った。彼は起ちあがって中敷の障子を体の出られるぐらいに開け、そこからそっと庭へおりて、裸足のままで冷びえした赭土を踏んで往った。
 白い犬は裏門の傍にその姿を見せていた。真澄は怪しい…

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