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蜜柑山散策
みかんやまさんさく
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「花の名随筆11 十一月の花」 作品社
1999(平成11)年10月10日
入力者岡村和彦
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-02-19 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 蜜柑山でも見に行かうかと、日向ぼつこから私が立つと、夕暮君も、それはよからうと続いて立ち上つた。竹林の昼餐をやつと済ますと、私たちは裏の別荘の丘に席を移して、山と海との大観をそれまでほしいままに楽しんでゐたのである。いい冬晴の午後三時過ぎ、空には微塵の雲も無かつた。日は双子の山の上に、ちやうど「日光」の表紙画のやうに、十方に放射光を輝かしてゐた。
「では、後からお銭と籠を婢やに持たしてあげますから、そろそろのぼつていらつしやい。」と、妻が病後の子供をかかへあげた。
 私たち二人はテニスコートを抜け、丘の青木の間を鉄条網の壊れを探して、その上の桑畑へ出た。桑畑の畝には蚕豆の列がもう子供の手に鳴らせるほどの葉の厚みに大きく伸びそろつてゐる。
 「ほう、竜胆だ。見たまへ。」
 私は柵の下へかがむ。紫竜胆が枯芝や落葉の間にすでにふくらみかけてゐる。「竜胆は二つづつ咲くものだよ。」と私が云ふ。
「や、やああ。」と夕暮は両手を半ば上へあげて、「どうだ、あの赤いのは。」と驚かせる。宮様の松山の櫨紅葉を見たのだ。
 そこへ婢やが、竹籠と白いずつくの坊やの鞄を持つて息せき切つて来る。竹籠の中に封筒が入れてある。一円はひつて居りますと云ふ。よしと籠ぐるみ受取ると、途中までお伴してお藷を買ひにまゐりますと鞄をかかへて蹤いて来る。何処の藷畑だと訊くと、蜜柑山のそばでございませうと云ふ。
 桑畑から水之尾道へ出ると爪先上りになる。左の崖はなほ肉桂の生垣の内側に石の門が倒れ、水道のセメントのタンクが酷たらしく壊れた儘で未だ手もつけてない。ひどくなつたなと夕暮がまた「や、やああ。」である。
 右手の別荘なぞは倒れて来た上の赤松が洋館の屋根から床へ真つ二つにめり込んで母屋なぞは木つ葉微塵に崖下へ転落してゐたものである。この山岨だとて無論地辷りで埋つて了つてゐたのを、やつとどうにか道をあけたのだ。仰ぐと檀には実が青くついてゐる。臭木の実の紅と黒とはもはや何の潤ひもなく萎へて了つた。
 藷畑は遠さうだし、何処の蜜柑山の傍だかわからないので、麦畑の左にうち展いたあたりから婢やを帰す。鞄は夕暮の持ちになる。
 芽麦の浅緑色も美しい。初冬だといふに小田原の丘はもう早春の絵模様である。暖かいいい国だ。
 箱根連山から聖ヶ嶽へかけて濃い薄い霞が山襞ごとに幾重にも引きはへて、そのところどころから野焼の煙が白く真直にのぼつてゐる西の方の展望は、閑かで匂はしくて、それももう冬のものではない。「や、やああ。」と夕暮が今度は鞄と片手とを上げる。
 道のそばには野茨の赤い実が玉を綴ればからたちの黄色い実が刺の間にまんまろく挟まつてゐる。すがれ果てた木槿の風防垣が白く、薄紫に光を燻して続いてゐると、通草の殻や、蔓草の黒い光沢のする細かな実も蔓と絡んでゐる。火葬場の女松や枯櫟や、通り過ぎると、青い杉や小松の長い長いト…

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