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留守(一幕)
るす(ひとまく)
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集3」 岩波書店
1990(平成2)年5月8日
初出「文藝春秋 第五年第四号」1927(昭和2)年4月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-04-19 / 2014-09-16
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

中流家庭の茶の間――奥の障子を隔てて台所――衣桁には、奥さんの不断着が、だらしなく掛かり、鏡台の上には、化粧品の瓶が、蓋を開けたまま乱雑に並んでゐる。

女中のお八重さんが、長火鉢にもたれて、講談本を読んでゐる。

台所で、「御免下さい」といふ女の声。

お八重さん  (起つて行き)あら、もう、後じまひすんだの、早かつたのねえ。御覧なさい、あたしはまだ、そのままよ。どうせお帰りは遅いんだから、何時だつてできるわ。お上んなさいよ。そんなとこに立つてないで……。
女の声  ぢや、上らして貰ふわ。まあ。……。(と云ひながら、茶の間にはひつて来る。お隣の女中おしまさんである)
お八重さん  一寸、見て頂戴……だらしのないことを……。
おしまさん  あんた?
お八重さん  いいえ、奥さんよ。
おしまさん  うちの奥さんは、それや几帳面よ。鏡台なんか、女中にはいぢらせないの。こんな風ぢや、箪笥の鍵だつて、かけてかないでせう。(かう云ひつつ、箪笥の抽斗を引張る。果して、抽斗が開く)
お八重さん  こら、こら、なにをする。
おしまさん  (流石に、恥ぢて、抽斗を閉める)
お八重さん  さ、ここへお坐んなさい。(座蒲団をすすめる)
おしまさん  (坐つて長火鉢の縁をなで)しやれた火鉢だね。うちのより上等だ。
お八重さん  手入をしないから駄目だよ、お金ばかりかけたつて……(茶器を取り出し、茶をついで出す)何をうろうろ見てるのさ。
おしまさん  ううん、何か珍しいものはないかと思つて……。
お八重さん  いま、色々見せるよ。あんたんとこは、何時に帰るの、今日は。
おしまさん  夕飯を何処かで食べて来るつて云つてたよ。奥さんがまた、洋食かなんかねだるのさ。旦那さんは、鰻が好きなんだよ。
お八重さん  あら、うちのもさうだよ。今日は、だけど、余所でおよばれなんだつて、……。あんた、知らない、そら、よく来る夫婦連れさ、奥さんの方が背が高い……。あれ、画かきだつて云ふけど、さうは見えないね。
おしまさん  知らないよ、そんな人……。
お八重さん  知らないことがあるもんですか。よく、大きな声で笑つてるぢやないか。
おしまさん  お前さんとこは、みんな大きな声で笑ふから、誰が誰だかわかりやしない。
お八重さん  さう云へば、あんたんとこは笑はないね。
おしまさん  可笑しいことがないんだもの。
お八重さん  可笑しいことがないつていふのは、不思議だね。お茶が冷めるわよ。さうさう、あれを出さう。(ブリキの缶から、塩せんべいを出し、二つほど、おしまさんの膝の上にのせる)
おしまさん  かまはないで頂戴。
お八重さん  今月から、また一円上げて貰つたわよ。
おしまさん  ぢや、十六円だね。この近所で十四円なんてとこは、あんまり無いよ。おかずでもよけれやだけど……。
お八重さん  そこは、うちの…

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