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神戸
こうべ
作品ID52325
著者古川 緑波
文字遣い新字新仮名
底本 「ロッパの悲食記」 ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年8月24日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-01-13 / 2014-09-16
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 久しぶりで、神戸の町を歩いた。
 此の六月半から七月にかけて、宝塚映画に出演したので、二十日以上も、宝塚の宿に滞在した。
 撮影の無い日は、神戸へ、何回か行った。三の宮から、元町をブラつくのが、大好きな僕は、新に開けたセンター街を抜けることによって、又、たのしみが殖えた。
 センター街は然し、元町に比べれば、ジャカジャカし過ぎる。いささか、さびれた元町であるが、僕は元町へ出ると、何だか、ホッとする。戦争前の、よき元町の、よきプロムナードを思い出す。
 戦争前の神戸。よかったなあ。
 何から話していいか、困った。
 で、先ず、阪急三の宮駅を下りて、弘養館に休んで、ゆっくり始めよう。
 三の宮二丁目の、弘養館。それは一体、何年の昔に、ここのビフテキを、はじめて食べたことであったろうか。子供の頃のことには違いないのだが。
 弘養館という店は、神戸が本店で、横浜にも、大阪にも、古くから同名の店があった。
 神戸の弘養館は、昔は、三の宮一丁目にあったのだが、今は二丁目。
 今回、何年ぶりかで、弘養館へ入って、先ず、その店の構えが、今どきでなく、三四人宛の別室になっているのが、珍しかった。
 昔のまんまの「演出」らしいのだ。と言っても、その昔は、もう僕の記憶にない程、遠いことなので、ハッキリは言えない。でも、いきなり、こんなことで商売になるのかな? と思う程、全く戦前的演出であった。
 四人位のための一室に、連れの二人と僕の三人が席を取って、さて、「メニュウを」と言ったら、ボーイが、「うちは、メニュウは、ございません」
 と、思い出した。此の店は、ビフテキと、ロブスターの二種しか料理は無かったんだ。昔のまんまだ。やっぱり。弘養館へ来て、メニュウをと言うのは野暮だった。
「ビフテキを貰おう」
 スープも附くというから、それも。
 先ず、スープが運ばれた。深い容器に入っている、ポタージュだ。ポタージュ・サンジェルマンと言うか、青豆のスープ。それが、まことに薄い。
 ひどく薄いな。そして、無造作に、鶏肉のちぎって投げ込んだようなのが、浮身(此の際、浮かないが)だ。
 ポタージュの、たんのうする味には、縁の遠い、ほんの、おまけという感じだ。つまりは、此の店、これは、ビフテキの前奏曲として扱っているんだろう。
 然し、何んだか昔の味がしたようだ。
 ビフテキは、先ず、運ばれた皿が嬉しかった。藍染附の、大きな皿は、ルイ王朝時代のものを模した奴で、これは、戦後の作品ではない。疎開して置いたものに違いない。この皿は、昔のまんまだ、少くとも、これだけは。
 ビフテキは、如何焼きましょうと言われて、任せると言ったので、中くらいに焼けている。ここにも昔の味があった。近頃のビフテキには無いんだ、この味。悪く言えば、何んだかちいっと、おかったるいという味。然し、ビフテキってもの、正に昔は、こう…

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