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さしあげた腕
さしあげたうで
著者
翻訳者上田 敏
文字遣い旧字旧仮名
底本 「上田敏詩集」 玄文社詩歌部
1923(大正12)年1月10日
入力者川山隆
校正者Juki
公開 / 更新2012-08-22 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 見渡すかぎり、一面に頭の海である。高くさし上げた腕の森が、波に半身を露はす浮標のやうに突出てゐる。跪いて祈る一大民衆だ。
 さし上げた腕の間から皆めいめいに上向の頭がみえる。海藻や地衣がこの浮標に垂下がつてゐる。東から吹く風に、この髮の毛がふくらんで、おのづと拍子をとつて波動してゐる。それが、また、ひとつの祈にみえる。
 民衆は跪いてゐる。恐と望とに狂ひ歡ぶ無數の眼が髣髴として乳色の光を放ち天の一方に靉いてゐる。多くの魂はこの眞珠の光を散らして天の川を登つて行く。さうして銀河白道がその夜の色の桁、火の涙、血の黴の條理と共に、かなた至上高點に卷込まれて、消失せる處は、稻魂の光明に包まれた「五角」である。
「五角」は動く、車輪の如く、自身を軸にして囘轉する。其稜々から發散する火焔は車輪のぐるりに卷きついてゐる。「五角」は無上の速力にて囘轉し、宇宙の極までも、燃立つ大氣の旋風を傳へる。廣大無邊の旋渦の爲、朦朧として絶えず輪轉する波の上、[#挿絵]を脱け飛んだ眼球や燐の光を放つ木の實の殼が浚はれて浮きつ、沈みつ[#挿絵]いてゐる。
 跪いてゐる民衆は、今この神々しい光景をみて、愛と恩謝とで身を顫はした。恭敬は衆人の胸中にひれ伏し、謙遜は、其體内で、生の破片の中、扁石の上に身を臥せる。かの旋風の猛威にも抵抗しえた白道の上に、多くの魂が跳上がる、遮二無二推しかける。火に燃えぬ石綿の微塵が眞珠の光を放つて、押し合ひ、へし合ひ、夜の色の桁を乘越え、火の涙を飛び、血の黴を泳ぎこしてゆくのが見える。…………

 車輪は回轉を止めた、五角形に戻つてくる。その稜々は消えてゆく、圓になる、だんだん膨れてきた、こんだは球だ。この光景の神々しさは、先のに、をさをさ劣らない。腕は更に筋張つてさし上げられる。上向の頭はなほ一層屹となつて、無限の顏をぢつと睨み、その大威徳を見つめてゐる。白道の上を復、立籠める魂の塵屑は蟻集して衝天の勢を示し、清淨無垢の「球」に照る清く澄みわたつた金色を威嚇してゐる。
 こゝに凡ての手、凡ての頭は一齊に動搖する。先鋒に立つ蟻どもは、あの莊嚴な球の上に、汚斑の如く見え、間もなく其兩極を連ねて、多くの魂は一線を引いて了ふ。「球」は暗くなつた。民衆は其神を克服したのである。
 下界には松明がひとつ、びとつ、燈がひとつ、びとつ、消えてゆく。腕も頭も中空に失せる。唯ひとり敗殘の體の上を吹過ぎる東の風が當來に向つて、生の原子の香を送るばかりだ。

 宇宙は眞暗である。まだ形も定らずに茫然とした神は火の消えた釣燭臺のやうに、暗闇の「三角」が自然に出來た。
 一切の魂は地上に歸つて來た。さうしてそれが粘泥の上に落ちると、原子は其本體を中心にして集合する。東の風は地球を一周し了つて、生の原子の香を籠めて立歸つたからだ。

 松明にも燈にも火が點く。頭は上向になる。腕はさし上げら…

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