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宮本武蔵
みやもとむさし
副題04 火の巻
04 ひのまき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本武蔵(三)」 吉川英治歴史時代文庫16、講談社
1989(平成元)年11月11日
「宮本武蔵(二)」 吉川英治歴史時代文庫15、講談社
1989(平成元)年11月11日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2013-02-19 / 2014-09-16
長さの目安約 382 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

西瓜




 伏見桃山の城地を繞っている淀川の水は、そのまま長流数里、浪華江の大坂城の石垣へも寄せていた。――で、ここら京都あたりの政治的なうごきは、微妙に大坂のほうへすぐ響き、また大坂方の一将一卒の言論も、おそろしく敏感に伏見の城へ聞えて来るらしい。
 今――
 摂津、山城の二ヵ国を貫くこの大河を中心にして、日本の文化は大きな激変に遭っている。太閤の亡き後を、さながら落日の美しさのように、よけいに権威を誇示して見せている秀頼や淀君の大坂城と、関ヶ原の役から後、拍車をかけて、この伏見の城にあり、自ら戦後の経綸と大策に当たり、豊臣文化の旧態を、根本から革めにかかっている徳川家康の勢威と――その二つの文化の潮流が、たとえば、河の中を往来している船にも、陸をゆく男女の風俗にも、流行歌にも、職をさがしている牢人の顔つきにも、混色しているのだった。
「どうなるんだ?」
 と、人々はすぐそういう話題に興味を持つ。
「どうって、何が?」
「世の中がよ」
「変るだろう。こいつあ、はっきりしたことだ。変らない世の中なんて、そもそも、藤原道長以来、一日だってあった例はねえ。――源家平家の弓取が、政権を執るようになってからは猶さらそいつが早くなった」
「つまり、また戦か」
「こうなっちまったものを、今さら、戦のない方へ、世の中を向け直そうとしても、力に及ぶまい」
「大坂でも、諸国の牢人衆へ、手をまわしているらしいな」
「……だろうな、大きな声ではいえねえが、徳川様だって、南蛮船から銃や弾薬をしこたま買いこんでいるというし」
「それでいて――大御所様のお孫の千姫を、秀頼公の嫁君にやっているのはどういうものだろ?」
「天下様のなさることは、みな聖賢の道だろうから、下人にはわからねえさ」
 石は焼けていた。河の水は沸いている。もう秋は立っているのだが、暑さはこの夏の土用にも勝って酷しい。
 淀の京橋口の柳はだらりと白っぽく萎えている。気の狂ったような油蝉が一匹、川を横ぎって町屋の中へ突き当ってゆく。その町も晩の灯の色はどこへか失って、灰を浴びたような板屋根が乾き上がっているのだった。橋の上下には、無数の石船がつながれていて、河の中も石、陸も石、どこを見まわしても石だらけなのである。
 その石も皆、畳二枚以上の巨きなものが多かった。焼けきった石の上に、石曳きの労働者たちは、無感覚に寝そべったり腰かけたり仰向けに転がったりしている。ちょうど今が、昼飯刻でその後の半刻休みを楽しんでいるのであろう。そこらに材木をおろしている牛車の牛も涎をたらして、満身に蠅を集めてじっとしている。
 伏見城の修築だった。
 いつのまにか、世の人々に「大御所」と呼ばしめている家康がここに滞在しているからではない。城普請は、徳川の戦後政策の一つだった。
 譜代大名の心を弛緩させないために。――また、外様大名の蓄…

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