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三国志
さんごくし |
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作品ID | 52411 |
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副題 | 03 群星の巻 03 ぐんせいのまき |
著者 | 吉川 英治 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「三国志(一)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社 1989(平成元)年4月11日 「三国志(二)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社 1989(平成元)年4月11日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2013-09-13 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 313 ページ(500字/頁で計算) |
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偽忠狼心
一
曹操を搦めよ。
布令は、州郡諸地方へ飛んだ。
その迅速を競って。
一方――
洛陽の都をあとに、黄馬に鞭をつづけ、日夜をわかたず、南へ南へと風の如く逃げてきた曹操は、早くも中牟県(河南省中牟・開封―鄭州の中間)――の附近までかかっていた。
「待てっ」
「馬をおりろ」
関門へかかるや否や、彼は関所の守備兵に引きずりおろされた。
「先に中央から、曹操という者を見かけ次第召捕れと、指令があった。そのほうの風采と、容貌とは人相書にはなはだ似ておる」
関の吏事は、そういって曹操が何と云いのがれようとしても、耳を貸さなかった。
「とにかく、役所へ引ッ立てろ」
兵は鉄桶の如く、曹操を取り囲んで、吟味所へ拉してしまった。
関門兵の隊長、道尉陳宮は、部下が引っ立ててくる者を見ると、
「あっ、曹操だ! 吟味にも及ばん」と、一見して云いきった。
そして部下の兵をねぎらって彼がいうには、
「自分は先年まで、洛陽に吏事をしておったから、曹操の顔も見覚えている。――幸いにも生擒ったこの者を都へ差立てれば、自分は万戸侯という大身に出世しよう。お前たちにも恩賞を頒ってくれるぞ。前祝いに、今夜は大いに飲め」
そこで、曹操の身はたちまち、かねて備えてある鉄の檻車にほうりこまれ、明日にも洛陽へ護送して行くばかりとなし、守備の兵や吏事たちは、大いに酒を飲んで祝った。
日暮れになると、酒宴もやみ、吏事も兵も関門を閉じて何処へか散ってしまった。曹操はもはや、観念の眼を閉じているもののように、檻車の中によりかかって、真暗な山谷の声や夜空の風を黙然と聴いていた。
すると、夜半に近い頃、
「曹操、曹操」
誰か、檻車に近づいてきて、低声に呼ぶ者があった。
眼をひらいて見ると、昼間、自分をひと目で観破った関門兵の隊長なので、曹操は、
「何用か」
嘯く如く答えると、
「おん身は都にあって、董相国にも愛され、重く用いられていたと聞いていたが、何故に、こんな羽目になったのか」
「くだらぬことを問うもの哉。燕雀なんぞ鴻鵠の志を知らんやだ。――貴様はもうおれの身を生擒っているんじゃないか。四の五のいわずと都へ護送して、早く恩賞にあずかれ」
「曹操。君は人を観る明がないな。好漢惜しむらく――というところか――」
「なんだと」
「怒り給うな。君がいたずらに人を軽んじるから一言酬いたのだ。かくいう自分とても、沖天の大志を抱いておる者だが、真に、国の憂いを語る同志もないため、空しく光陰の過ぎるのを恨みとしておる。折から、君を見たので、その志を叩きにきたわけだが」
意味ありげな言葉に、曹操も初めの態度を改めて、「然らばいおう」と、檻車の中に坐りなおした。
二
曹操は、口を開いた。
「なるほど董卓は、貴公のいわれたようにこの曹操を愛していたに違いない。――しかしそれがしは、遠…