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私本太平記
しほんたいへいき
副題06 八荒帖
06 はっこうじょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「私本太平記(四)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社
1990(平成2)年3月11日第1刷
入力者門田裕志
校正者トレンドイースト
公開 / 更新2013-01-14 / 2014-09-16
長さの目安約 223 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

柳営日譜

 十月。晩秋の好晴。
 北条高時は江ノ島の弁財天へ参籠して、船で浜御所へもどる海上の途にあった。
「なに。わしを清盛のようだとか?」
 あの特有なかなつぼ眼で、高時は船中の船酒盛りの近習らを、ねめ廻し、
「ばかを申せ。すれや元々、北条家は“平家”であるには、ちがいないが」
 と、ぺろと上唇を舐めた。
 猫の目より変りやすいごきげんなのだ。人々は、それを言い出した北条茂時の方をつい見てしまった。若い茂時はただ、赤くなっている。
「わが娘を皇后に入れ、一門、摂関家と位階を競うた平相国であろうがの。――高時には、毛頭、さしたる野望はない」
 波映が、酔の面をよぎる。
 三ツ鱗の幕やら彩旗をなびかせた女房船、供船などの数十そうが、一列な白波を長く曳いて行く。その快も、高時の語を、弾ませていた。
「高時は、堂上などに、眷恋はせぬ。京にも負けぬ、鎌倉の京をここに築いて見しょう。あらゆる工芸の粋をあつめ、万華鎌倉の楽園を、一代に創って、その中で生涯する。……なんで、朝廷の空名などを、物欲しげに」
 と、嘲侮をうかべ、
「さるによ」と、やや怒ッた青すじを、額にみせた。
「じたい、量見のおせまい天皇以下、事ごとに、関東を忌み恐れ、またこの高時を清盛に輪をかけた乱暴者と誤まっておる。……その果てが、正中ノ変よ。つづいて先帝の、よんどころない隠岐遷し、さらには不逞な公卿坊主らの処刑となったのも、申さば、やりたくはないことを、しいて仕向けられたものだ」
「…………」
「が、わしは清盛でない。清盛には、野放図もない夢が多すぎた。そのあげくに、あの熱病死。そして一門も壇ノ浦のあわれを見たわさ……」
 急に彼は、海に眩を起したような眉をして杯を下におき、眉の辺を指で抑えた。――が、すぐケラケラ笑い出して、
「鶴亀、鶴亀。……壇ノ浦とは、地形がちがう。鎌倉の海では、さはさせん。たとえ敵が来るとも、さはさせん」
 と、海へ向って、子供のように、胸を張った。
「いや、太守」
 侍していた道誉が、そのとき、初めて口をひらいた。
「茂時どのが申されたのは、今日の江ノ島詣りと、平相国の厳島詣でとが、さも似たりと、仰っしゃったまでのことです」
「高時と清盛とを、くらべたわけではないと申すか」
「さようです。清盛公は、福原から厳島へ、月詣でもしたとのこと」
「その点も、似ていないな。わしの方が、ずんと不信心らしい。ははあ、それでか。……それで過日、江ノ島弁財天の夢見などしたわけよな」
 道誉の助け舟で、茂時もほっとし、近習ばらも、わざと話題をほかへ、迷ぐらした。
 いつか、華麗な船列は、海中の一ノ大鳥居の下を通って、鎌倉の浜についていた。
 浜は、出迎えの綺羅な人馬でうまっていたが、高時が、浜御所に入るやいな、そこには、六波羅からの早打ちが、五騎も六騎も昨日から待っていた。
「なに、早打ちど…

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