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私本太平記
しほんたいへいき
副題09 建武らくがき帖
09 けんむらくがきじょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「私本太平記(五)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社
1990(平成2)年4月11日
「私本太平記(六)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社
1990(平成2)年4月11日
入力者門田裕志
校正者トレンドイースト
公開 / 更新2013-01-23 / 2014-09-16
長さの目安約 265 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

天下多事

 いわば五月は革命月だった。誌すべきことが余りに多い。――で、鎌倉をしばらく措く。――そしてここはまだ天下混沌といっていいところだが、奕々と天の一方からは、理想の到達に誇ッた凱歌のあしおとが近づいて来つつあった。――都門還幸の後醍醐の龍駕であった。
 路次の日誌によれば。
 さきに伯耆の船上山を立たれた帝の瑶輿(こし)は日をかさねて、二十七日、播磨の書写山まで御着。
 あくる二十八日は、法華山へ行幸され、あとは一路いそいで月のすえ三十日、兵庫の福厳寺につき、ここで中一日は御休息あったとある。
 しかし、それはただ単なるお泊りだけのものではない。
 新田義貞からの早打ち――鎌倉大捷の上奏文――をたずさえた急使、長井六郎、大和田小四郎のふたりは、福原(神戸)の道で鹵簿の列に会し、思わず供奉の前列へ走りよって、
「これは東国の新田小太郎義貞より遣わせられた急使の者です! 一刻もはやく奏聞にとの主命により、いそぎのぼってまいりました。――路傍ながら御侍者まで!」
 と、大声で言ってぬかずき、先駆から後列の公卿たちまでを、びっくりさせた。
 とりあえず、福厳寺に入り、庭上の二使から正式に新田の羽書(軍の急便)の捧呈をうけた。そして公卿はこれをすぐ、叡覧にいれたのだった。
 まもなく。御座のあたりから、御喜悦と感動に震うお声がもれ、それはすぐ供奉の全員にも狂喜の渦をよびおこした。せつな福厳寺の内外は、わきかえるような歓声また歓声だった。
「鎌倉は陥ちた!」
「高時も自害とあれば」
「いまは六波羅もなし、東国の府もほろび、全北条は、地から消えた」
「しかも、還幸のご途上に、この吉報がとどくとは」
「去年の三月には、みかどの隠岐遠流を、人みな、ここでお見送りして悲しんだものだが」
 口々の昂奮はやまず、どよめきはいつまで醒めなかった。――また後醍醐のお胸もこれに表現されていたといえよう。こうも早く鎌倉が陥ちるとは、まだまだ予期されていなかったことである。配所の一年余、隠岐脱出の苦難、思い出はつきあげて、おん瞼はふと熱かったに違いない。……すぐ三位ノ局廉子もこれを聞くやいなおそばへ来ていた。
 また、同日。
 赤松円心父子四人が、勢五百騎で、奉迎のお供にと、福厳寺へ参向してきた。折しものことである。龍顔わけてうるわしく、
「かかる日に会しえたのは、ひとえに汝らの忠戦の功による。いずれ恩賞は望みにまかすぞよ」
 と、朗々としたおことば。将士へも、賜酒があった。
 この晩、たれにもまして、もて囃されたのは、新田の使者の二人だった。野営の庭では供奉の将士から酒攻めの果て、胴上げされんばかりな騒ぎ。これさえホホ笑ましくお聞きあるのか、御簾のあたりのお叱りもない。そして鶏鳴早くも、いよいよ都入りのおしたくに忙しかった。
 還幸の途々は、伯耆いらい、ここまでも、たいへんな列伍…

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