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銀河まつり
ぎんがまつり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「治郎吉格子 名作短編集(一)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社
1990(平成2)年9月11日
初出「サンデー毎日 秋季増刊号」1930(昭和5)年11月10日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-03-12 / 2014-09-16
長さの目安約 54 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

はしがき

 人国記にいわせると、由来、信州人は争気に富むそうである。それは、他国人に比を見ない精悍熱情な点を称揚したようにも受けとれるが、実は狭量だという意味にもひびく。またこの国が、古来からすぐれた人材を輩出していながら、まだ一人の天下取りも出していない点を諷した言葉と考えてもさしつかえない。
 しかしこれは、あながち信濃にばかり限ったことではないように思う。山国の人の共有性ではあるまいか。十数年の間、雪が解けると始まった川中島の合戦は、越後人と甲州人との喧嘩だったが、両方ともまず山岳割拠の武族だった。――けれど争われないことには、その際にも、呉越の真ン中に挟まって漁夫の利を占めるにいい立場にあった信州は、やはり喧嘩の方が羨ましかったとみえて、国人こぞって両将の幕下に組し、さかんに自分の国の麦を踏んで戦ってしまった。
 ――いや、私は、人国記のような肩の凝る物を書くつもりではない。
 これから持ち出そうというのは、その国の北信濃は戸狩村、俗に、花火村ともよぶ部落の煙火師生活のなかに起った恋愛戦で、煙火師だけに、恋仇の首を花火の筒先から打ちあげてしまって、同時に、女の生命も自分の生涯も、みんな花火にしてしまったという、千曲川の畔で聞いた、威勢のいい初秋の夜ばなしなので……。



「誰も来やしまいな。――大丈夫だろうな、お芳」
「え、大丈夫」
「今の咳ばらいは」
「延徳村の繭買いの爺さん」
「もう去ってしまったのか」
「ええ」
 去年の落葉が堆肥のように腐っている山の尾根だった。自分の声のひびきに、一種の不気味さを感じるほど、そこは静かである。
 どこかでぼくぼくと土を掘る音がしていた。檜の縞がすくすくと立って、春の空へ暗緑の傘をかさねている。音は、その奥の墓地の中から聞えて来るのだった。鋤の音にちがいない。鋤の音がやすむと、木製の鳩笛を吹くような、頼りのない変な鳥が、脅かすように、男女の頭の上で啼いた。
「お芳」
「え」
「大丈夫か」
「誰も来やしませんてば」
 お芳は赤い帯揚をしていた。郷士の娘で、小締めな体つきで、顔だちがよかった。木立の外に立って、延徳街道と穂波のほうから戸狩へはいる白い道すじを見張っていた。
 墓地といっても、この地方の習慣では、一人一基主義で、ひとり死ぬと一つ墓石が立つ。だから戸数の割合にそれが多い。山の裾にも、畑の端にも、河原の崖ぷちにも、気楽に墓石が団欒していた。
 今、お芳の立っているうしろの墓地には、まだ雪が深かった正月ごろ、村のお千代後家が埋けられた生新しい記憶がある。――彼女は、半刻ほどそこに立っている間に、戸狩の若い男を幾人も情人にして肉慾に生涯して土へかえったお千代後家のことなどを、ぼんやりと考えていた。そして可愛らしい口を開いて欠伸をした。
 やがて、墓地の中で、若い男が腰をのばした。その足音が近づいて来たの…

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