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べんがら炬燵
べんがらこたつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「柳生月影抄 名作短編集(二)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社
1990(平成2)年9月11日
初出「週刊朝日 新春特別号」1934(昭和9)年
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-03-30 / 2014-09-16
長さの目安約 40 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

雪の後

 北がわの屋根には、まだ雪が残っているのであろう、廂の下から室内は、広いので、灯がほしいほど薄暗いが、南の雀口にわずかばかりつよい陽の光が刎ね返っていた。きのうにつづいて、終日、退屈な音を繰りかえしている雨だれの無聊さをやぶるように、地面へ雪の落ちる音が、時々、ずしんと、十七人の腸にひびいた。
 太平記を借りうけて、今朝から手にしはじめた潮田又之丞が、その度に、きまって、書物から眸を離すので、そばに坐している近松勘六が、
「雪じゃよ」
 低声でささやいた。
「赤穂も、今年は降ったかな」
 富森助右衛門がつぶやくと、
「のう、十郎左」
 三、四人おいて坐っていた大石瀬左衛門が、前かがみに、磯貝十郎左衛門の方を見て、
「――雪で思いだしたが、もう十年も前、お国元の馬場で、雪というと、よく暴れたのう」
「うむ」
 十郎左は、笑くぼでうなずいた。
「この中でも、いちばん年下じゃが、そのころお小姓組のうちでも、やはり、貴様がいちばん小さかった。そして、泣き虫は十郎左と決まっていたので、貴様の顔ばかり狙って、雪つぶてが飛んで来たものだった」
「泣き虫なら、もっと、涙もろい先輩がおるよ」
「誰」
 紙捻で耳をほっていた赤埴源蔵が、
「よせ、あの話は」
 友達は、みな知ってることとみえて、同じようにくすくす笑った。
 こんなふうに、時々、和やかにくずす謹厳な無聊さを、それでも、この部屋の若者たちは、隣室の方へ、気がねらしく、笑ってはすぐ憚るような眼をやるのだった。
 ちょうど、下の間にはこの九人。
 上の間に八人。
 ふた組に分れていた。
 その上の間の組には、大石内蔵助以下、老人が多く、きょうは料紙と硯を借りて、手紙を書いている者が多かった。いちばん年長の堀部弥兵衛、顔の怖い吉田忠左衛門、黙ったきりの間喜兵衛、そのほか原惣右衛門だの、間瀬久太夫だの、真四角に膝をならべて、読書か何かしていた。
 内蔵助だけは、斜めに顔をあげて、いつもの深謀な眸も、今はもう何も思うことがないというように、ぼんやり、半眼にふさいでいた。書き物もせず、書も手にふれず、どっちかといえば小がらで肩のまろい体を、やっと、置くべき所へ置いたというような恰好で、居ずまいよく坐っていた。
 十二月十六日――
 人々は、手紙の封に書いている。
 討入のおとといの夜は、もう過去だった。何だか、遠い過去の気がするのである。
 ゆうべは雨だった。
 吉良殿の首を、泉岳寺の君前に手向けてから後、松平伯耆守の邸に直訴して、公儀の処分を待ったのである。その結果、一同四十六名を、水野、松平、毛利、細川の四家へわけてお預けと決ったのは夜で、雨の中を、まるで戦のような人数に警固され、この白金の中屋敷へ、内蔵助以下十七名が送りこまれたのは、すでに丑満だった。
 意外だったのは、ここへ着いて、おとといからの泥装束を脱いで…

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