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波乗りの島
なみのりのしま
作品ID52459
著者片岡 義男
文字遣い新字新仮名
底本 「波乗りの島」 双葉文庫、双葉社
1998(平成10)年10月30日
入力者八巻美恵
校正者高橋雅康
公開 / 更新2011-01-10 / 2014-09-21
長さの目安約 321 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


白い波の荒野へ



[#改ページ]



 かつては洗濯部屋だったところが、スライドや16ミリ・フィルムの映写室になっていて、いま僕たち四人はその部屋のなかにいる。映写時間にして五十分ほどの16ミリ・フィルムを、これからみんなで見ようというのだ。窓が北に面してひとつしかなく、その窓のブラインドを降ろすだけで、この部屋は昼間でもまっ暗にすることが出来る。
 16ミリ映写用のスクリーンには、透明なリーダー・フィルムをとおって来た黄色い光線が、四隅を丸く落とした横長の四角をかたちづくっていた。そのリーダー・フィルムに焼きこまれている数字が、スクリーンに映写され始めた。楽に読みとれるスピードで、その数字は0から9、8、7、6、5、4、3、2とカウント・ダウンされ、最後に数秒間、1の数字が残った。
 数字が消えると、いきなり、黄金色に染めあげられた波の広がりが、スクリーンいっぱいに映った。朝のまだ早い時間の波だ。朝陽と夕陽、それに昼間の陽とでは、波に映ったときの色調がまるで異なるし、波から照り返される輝きも完全に異なっている。
 コオラウとワイアナエのふたつの山塊を越え、東から昇って来たばかりの太陽を斜めに受けて、その波は太陽の光をさまざまに乱反射させながら、四フィートから五フィートほどの高さに盛りあがっては砕けた。それだけを見続けてもけっして飽きることのない、見ている人の全身をたやすくのみこんでしまうリズムの繰り返しが展開された。
 そしてあるときいきなり、その波の広がりぜんたいが、高く持ちあげられていった。高速度で撮影されたフィルムなので、海ぜんたいが、いつまでもどこまでも、高く隆起していくかのように感じられた。海の底に眠るすさまじい生命力を持った巨大な生物が、ひと思いにその身の丈いっぱいに立ちあがっていくようだった。
 広角レンズによって二十フィートから三十フィートの横幅でフィルムにカラーでとらえられた海が、左右へ不規則なテンポで交互に傾き始めた。エマニュエルが乗っていたサーフボードのテールの部分が、一瞬、スクリーンの左端に映った。
 スクリーンのなかの海ぜんたいは、なおも盛りあがって高さを増していきつつあった。急速にふくれあがっていくかなり荒れた海の上を、撮影カメラは右に向けて移動し始めた。
 カメラが右へ移動するにしたがって、スクリーンに映っている海は左を低く右を高くして斜面をかたちづくっていき、その斜面が一定の角度を越えると、波は太陽の光を受けなくなった。
 波のうねりは黄金色に輝くのをやめ、重くて濃い緑色の海へと変わっていった。と同時に、波の香りと音が、部屋いっぱいに広がっていくような錯覚を、僕たちは覚えた。いくつにも波が重なり合った斜面は、急勾配へとせりあがり、ほぼ垂直な分厚い水の壁となってそこに立つかに見えたとき、ゆっ…

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