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義務
ぎむ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「太宰治全集11」 筑摩書房
1999(平成11)年3月25日
初出「文學者 第二巻第四号」1940(昭和15)年4月1日
入力者小林繁雄
校正者阿部哲也
公開 / 更新2011-12-20 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 義務の遂行とは、並たいていの事では無い。けれども、やらなければならぬ。なぜ生きてゐるか。なぜ文章を書くか。いまの私にとつて、それは義務の遂行の爲であります、と答へるより他は無い。金の爲に書いてゐるのでは無いやうだ。快樂の爲に生きてゐるのでも無いやうだ。先日も、野道をひとりで歩きながら、ふと考へた。「愛といふのも、結局は義務の遂行のことでは無いのか。」
 はつきり言ふと、私は、いま五枚の隨筆を書くのは、非常な苦痛なのである。十日も前から、何を書いたらいいのか考へてゐた。なぜ斷らないのか。たのまれたからである。二月二十九日までに五、六枚書け、といふお手紙であつた。私は、この雜誌(文學者)の同人では無い。また、將來、同人にしてもらふつもりも無い。同人の大半は、私の知らぬ人ばかりである。そこには、是非書かなければならぬ、といふ理由は無い。けれども私は、書く、といふ返事をした。稿料が欲しい爲でもなかつたやうだ。同人諸先輩に、媚びる心も無かつた。書ける状態に在る時、たのまれたなら、その時は必ず書かなければならぬ、といふ戒律のために「書きます」と返事したのだ。與へ得る状態に在る時、人から頼まれたなら、與へなければならぬといふ戒律と同斷である。どうも、私の文章の vocabulary は大袈裟なものばかりで、それゆゑ、人にも反撥を感じさせる樣子であるが、どうも私は、「北方の百姓」の血をたつぷり受けてゐるので、「高いのは地聲」といふ宿命を持つてゐるらしく、その點に就いては、無用の警戒心は不要にしてもらひたい。自分でも、何を言つてゐるのか、わからなくなつて來た。これでは、いけない。坐り直さう。
 義務として、書くのである。書ける状態に在る時、と前に言つた。それは高邁のことを言つてゐるのでは無い。すなはち私は、いま鼻風邪をひいて、熱も少しあるが、寢るほどのものでは無い。原稿を書けないといふほどの病氣でも無い。書ける状態に在るのである。また私は、二月二十五日までに今月の豫定の仕事はやつてしまつた。二十五日から、二十九日までには約束の仕事は何も無い。その四日間に、私は、五枚くらゐは、どうしたつて書ける筈である。書ける状態に在るのである。だから私は書かなければならない。私は、いま、義務の爲に生きてゐる。義務が、私のいのちを支へてくれてゐる。私一個人の本能としては、死んだつていいのである。死んだつて、生きてたつて、病氣だつて、そんなに變りは無いと思つてゐる。けれども、義務は、私を死なせない。義務は、私に努力を命ずる。休止の無い、もつと、もつとの努力を命ずる。私は、よろよろ立つて、鬪ふのである。負けて居られないのである。單純なものである。
 純文學雜誌に、短文を書くくらゐ苦痛のことは無い。私は氣取りの強い男であるから、(五十になつたら、この氣取りも臭くならない程度になるであらうか。なんと…

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