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時代・児童・作品
じだいじどうさくひん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2015-08-13 / 2015-05-24
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 時代は、生動しています。それが、行き詰まった状態にあり、そして、暗ければ、何等かの自由と明るみを求めるものです。常に、人間の努力があり、諧謔が伴い、意志の発動する所以であります。
 文学には、その影をうつしている。この意味に於いて、児童文学の作家は、社会の動きを認識しなければならない。なぜなれば、時代の影響と、その時代の感覚をもっとも鋭敏に反映するものは、児童だからです。要するに社会も、児童も、共に動いているからです。
 故に、時代の色彩、感覚、方向を、はっきりと見得るものにとって、その芸術が生気を帯び、はつらつたることは、極めて当然のことであります。しからざるかぎり、芸術は、静的なものとなって、時としては倦怠した存在にしかすぎないことがあるでありましょう。
 たとえば、技巧とか、主義とかいうものは、もとより作品を構成する上に於いて、重要なものに相違ないけれど、作品の新鮮味如何ということとは、全く別であります。動いている形に於いてのみ、新鮮さはあらわれます。作品を生動せしめなければならぬ所以です。
 独り小説にかぎらず、童話にかぎらず、明日を約束するものには、自らなる明朗さがあります。それは、今日のなやみとあがきの中を通過して、生まれて来るからです。
 いまの、苦しい時代の子供にも、明るい希望があるごとく、明日を約束する文学にもこの明るさがなければならぬ。
 一言にすれば、作品に、指標を持ち、理想を持つことであるが、それが、体験から、生活感から生まれざるかぎり、概念化し、硬化し、ついに柔軟性を欠くに至っては、畢竟喜びに乏しく、流露たる趣を見ざるに至るものです。
 対象を自己の感情に融かして見ることが必要です。今日の社会にしても、一つの動きのある絵として見、音のある詩として聞き、光と色の錯雑し、流転する世界として感じた時に、この慌しい現実にも、自ら夢幻の湧くがごときものです。近代の童話作家は叡智であると共に、多感的であらねばならぬ。
 もう一つ、私達は、どうしても書かなければならぬという意気込みから、書く場合があります。良心から、正義観から、情熱の伴うのがそれです。作品を児童とかぎらず、親達にも読んでもらいたいと思う時です。
 かかる場合、作家の胸の中に燃える情熱が作品に前へ、前へと、推進力を与えています。この種の作品は、必ずしも近代色を帯びると否とにかかわらず、教化の価値あるものであるが、作家は、独り児童を対象とせずに、今日の時代を認識し、関心を持つのでなければ、少なくも、新興童話と見做すべきものではないのでありましょう。
 児童の生活、感覚、希望は、時代と共に動き、移りつつある。それに対する同感なくして、修辞や、技巧や、作家の主義に立脚するだけで、真の児童の世界や、その行動しつつある姿を描き出されるものでない。この時代が、いかになやみ、あがきつつあるか、…

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