えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


広告

青塚ノ説
せいちょうのせつ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「花月新誌第一巻」 ゆまに書房
1984(昭和59)年11月21日
初出「花月新誌 第三號」花月社、1877(明治10)年1月26日
入力者池田弘明
校正者合山林太郎
公開 / 更新2011-04-11 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
えあ草紙で読む
HTMLページで読む

広告

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

find Audible YouTube

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

楽天Koboで表紙を検索

広告

本文より


佳人ノ薄命古今何ゾ限リ有ラン。而シテ文士才人ヲシテ長ク魂銷シ腸摧ケシムルモノハ特リ馬嵬ト青塚トニ在リ。然レドモ太真罪業甚ダ重シ。其ノ花鈿委レ地ノ惨禍亦深ク哀シムニ足ラザルモノ有リ。昭君ガ漢宮ノ姫人ニシテ遠ク胡地ニ沈淪シテ死スルニ至テハ、誰カ之ガ為メニ暗涙滴々タラザルヲ得ン。千載ノ下猶多情ノ人ヲシテ、冷風淡月ノ夕、香ヲ焚キ花ヲ奠シ、遠ク青塚ヲ望ンデ、其艶魂ヲ吊セシムルニ至ル亦宜ナリ。古来説者云フ、胡地草白クシテ此塚独リ青シ。以テ昭君漢ヲ慕フノ心ヲ標スル也ト。此ノ説頗ル荒唐ニ属ス。余嘗テ清人ノ書ニ於テ其ノ説ヲ得タリ。録シテ以テ世ノ雅流ニ告グ。張鵬[#挿絵]ノ使俄羅行程録ニ云、十八日行十五里、次二帰化城一。蒙古語庫々河屯也。城南負郭有二黒河青塚一。遠望如レ山。策レ馬徃視。高二十丈。濶数十畝。頂有二土屋一間一。四壁累レ砌。蔵以二瓦瓮一云々。塚前有二石虎一双列。白石獅子。僅存二其一一。光瑩精工。必中国所三製以賜二明妃一者也。緑玻璃瓦礫狼藉。似二享殿ノ遺址。惜無二ト片碣可一レ考。余曩キニ印度羅馬ノ諸地ニ遊ビ古廟老塚ヲ目撃スル二徃々是レニ類スルモノ有リキ。又宋牧仲[#挿絵]廊偶筆ニ云フ、曹秋岳先生。嘗至二昭君墓一。墓無二草木一。遠而望レ之。冥濛作二黛色一。古云青塚。良ニ然リ。而シテ述本堂集従征百首ニ云フ、大青山下古青城。青塚依レ山一例名。祗為三才人多二伝会一。便教下二春草一亦含上レ情。注云。大青山。在二帰化城北三十里一。産レ石青。帰化城旧名枯々河屯。蒙古謂レ青為二枯々一。謂レ城為二河屯一。蓋因レ山得レ名也。故明妃塚亦称レ青、非二冬草猶青之説一。此ノ説最モ確実ナルニ似タリ。然レドモ昭君ハ三十六宮第一ノ佳人ニシテ、胡児ノ婦ト為リ、琵琶ヲ[#挿絵]帳ニ弾ジ、悲愴シテ以テ死ス。死シテ骨ヲ絶域ニ[#挿絵]ム。而シテ其ノ地ハ則チ支那上国ノ人多ク徃来セザル所ロナリ。終天ノ恨其レ果シテ何如ゾヤ。古人故サラニ塚草独青ノ説ヲ作ルモ亦謂ハレ無キニ非ズ。而シテ青塚ノ字面太ダ好シ。設シ之ヲ名ヅケテ黒塚ト云フガ如キ有ラバ、則チ是レ鬼女ノ窟ニ適当スルモノ、何ゾ絶代ノ麗[#挿絵]ガ艶魂ヲ葬ルノ地ト認ル者有ランヤ。古人ノ名ヲ下ス、其ノ妙斯クノ如キ者有ルナリ。今ノ人諡号墓銘等ニ於テ諛媚誣罔、毫モ其ノ人ニ倫セザルノ標目ヲ以テスル者徃々少ナカラズ。豈啻黒白青黄ノ其ノ色ヲ失スルガ如キ而已ナランヤ噫。



えあ草紙で読む

ライフメディアへ登録

Koboユーザー必見!
楽天スーパーポイントとは別に
価格の5%がポイントに!

find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2016 Sato Kazuhiko