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作品ID52653
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 6」 講談社
1977(昭和52)年4月10日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2018-04-21 / 2020-11-01
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「なにか、楽しいことがないものかなあ。」と、おじいさんは、つくねんとすわって、考え込んでいました。
 こう思っているのは、ひとり、おじいさんばかりでなかった。町の人々は思い思いにそんなことを考えていたのです。しかし、しあわせというものは、不幸と同じように、いつだれの身の上へやってくるかわからない。ちょうど、それは風のように、足音もたてずに近づくものでした。また、だれもかつて、しあわせの姿というものを見たものはなかったでしょう。
 こうして、たくさんの人たちが、てんでに自分の身の上にしあわせのくるのを待っていました。
「しあわせは、いま、どこを歩いているかしらん……。そしてだれのところへ、やってくるかしらん……。」
 こう考えると、まったく、不思議なものでした。そして、このしあわせにも、大きなしあわせと小さなしあわせとあったことは、むろんです。けれど、ダイヤモンドは、いくら小さくても美しく、光るように、それが、たとえ、小さなしあわせであっても、その人の一日の生活を、どんなにいきいきとさせたかしれません。
 おじいさんは、なにか楽しいことがあるのを待っていました。いつものごとく火ばちにあたって考え込んでいました。すると、毎日のように、あちらの町の方から起こってくるいろいろな音色が、ちょうど、なつかしい、遠くの音楽を聞くように、おじいさんの耳に達してきたのでした。
 おじいさんは、だまって、じっとして、その音に耳を傾けていました。すると、このいろいろの音色の中から、ひとつ離れて、細く澄んだ音が、おじいさんの魂を引きつけるように、呼びかけているのが聞こえたのです。それは、笛の音に似ていました。
「あれは、なんの音だろう?」と、おじいさんは、思いました。
 おじいさんは、その音を聞いているうちに、だんだん、気持ちがさわやかになってきました。そして、家にばかりいたのでは、気がふさいでしかたがない、町へ出て、歩いてみようという考えが起こったのです。
「寒いけれど、降りもしまいな。」といって、おじいさんは、つえをついて、とぼとぼと外へ出かけました。
 いつ歩いてみても、町はにぎやかです。しかし、風が寒いので、通る人々は、道を急いでいました。
 おじいさんは、右を見たり、左を見たりしてきますと、四つ辻の角のところで、福寿草を道に並べて売っていました。
「ああ、これは、いいものが目にはいった。」といって、おじいさんは立ち止まり一鉢買って、喜んで家へ帰りました。おじいさんは、それに水をやり、日当たりのいいところへ出してやりました。つぼみは日にまし大きくなった。おじいさんは、花の咲くのを楽しんだのであります。
       *   *   *   *   *
 また、同じ町に住んで、このようにじっとすわって、しあわせを願ったものは、おじいさんばかりでありません。
 哀れな母親があり…

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