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海浜日誌
かいひんにっし
副題六月創作評
ろくがつそうさくひょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「時事新報(夕刊) 第一三九六七号、第一三九七二号、第一三九七四号、第一三九七七号、第一三九七九号、第一三九八一号、第一三九八四号」時事新報社、1922(大正11)年6月3日、8日、10日、13日、15日、17日、20日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-07-08 / 2014-09-16
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 ――日。六月の雑誌二冊ふところにして、朝、砂浜に坐る。時々こんな風にして浜に降りるが今朝はいつもとは違つた心だつた。「月評」をする筈なのだ。これは初めての仕事だ。――だから、である。手紙で友人の創作についての批評や感想は往々書くが、それとこれとは比較にならない。相手の性格も日常生活もよく知つてゐるし、当人の創作は残らず読んでゐるといふ親しい四五人の友達だけに止つてゐた。それだけにそれは勿論、創作以外にわたる「お互ひに許してゐる無遠慮、同情、非難」で、同志に解りきつたことは省く……といふやうなあんばいで、極めて安易に行ふ、客観的には批評の形式になつてゐないといふやうなものより他に経験がない。同人雑誌をやつてゐる時分毎月一回づゝ主にその雑誌についての座談批評会をやつたことがある、それは二年あまり続いた。自分はその席上で一番喋舌れぬ者だつた。「此集りは面白くないから止ようぢやないか。」と云つて同人の凡てに反感を持たれたのは自分だつた。加けに自分の読書範囲は非常に狭い、好きな作家尊敬して居る作家のみに止つてゐた。これは余り好もしい癖ではないと思ふ。出来ることなら矯正したいと思ふ。一つはそんな理由でこれを引きうけたのであるが。この虫のよさは経験と素養とを観れば、それにおどかされて忽ち打ち消されてしまふ。たゞ此頃いろ/\なものを読んで見た、要求にかられて、二三ヶ月前から雑誌に限らず新刊書を大分読んだ。その中で伊藤靖氏の「発掘」は明らかな印象が残つてゐる。これは友人にすゝめられて読んだのだが、読んでよかつたと思つた。その他にも二三あつたがこゝでは省く。
 こんな風に自分を語ることは読者にとつて迷惑なことに違ひない。愚かなることは仕方がない、素養のないことは今は間に合はない不遜の極みであるがこんな文章の体裁で、たゞ落着いて読んだ後の「感想」を書いて見よう、嘘でないことは恥づる必要はない。
 一つ読んで直ぐにそれを考へる方が記憶がはつきりしていゝか? それとも一二冊まとめて読んで記憶をたどつた方がいゝか? こんなことにも迷つたが、今日はとにかくこの二冊(「改造」と「解放」)をすつかり読んでしまはうと思つた。



 滝井孝作氏の「妹の問題」(「改造」)は、静かな気持で読み終つた。別に退屈も覚へなかつた代りには、興奮も感じなかつた。おそらく作者の特質はこゝに存るのだらう。余程念の入つた筆づかひであつた作者は、努めて堪へたのでもあらうが、主人公の気持が地味過ぎて「妹の問題」が余り淡いやうに思へてならなかつた。「彼」がもつと悩んでもよさゝうに見ゆるところで奇麗に脱してゐるところが物足りなかつた。作者のこの特質を忘れて不満を覚へるのではないが、このおだやかな調子のうちで、もつと「熱」を望みたいのだ。氏のものは初めて読んだが、所謂熱情に駆られて、あとになつて冷汗を覚ゆるやうな…

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