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余の倅に就いて
よのせがれについて
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第二巻」 筑摩書房
2002(平成14)年3月24日
初出「新潮 第四十一巻第五号(十一月号)」新潮社、1924(大正13)年11月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-07-29 / 2014-09-16
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 試みに、余の三歳になる一子をとらへて、――葛西をぢちやんに如何されたか?
 と訊ねて見給へ! 彼は、忽ち武張つた表情をして、次のやうな動作をするであらう。
 彼は、両脚を踏ン張つて五体に力を込めて、そして自らの二つの掌をもつて自らの両頬を挟んで――斯うだ/\、といふ意気込みで、己れの顔を釣りあげるやうにして、さし示すであらう。
 国々に依つて、その名称は異るだらうが、余等が郷国では、
「お江戸を見せてやらう。」と称するいたづらがはやつたものだ。現今では如何か知らないが、余等が幼時、二十年近くも前の話だ。
「お江戸を見せてやらう。」
 甲の者は突然斯う云つて、乙の者が驚いて逃げようとする間もなく、乙の首を両手ではさんで宙に釣り上げるのである。
「お江戸が見えたか?」と甲は云つた。乙は意地を張つて、
「いや見えない。」と云ふ。甲の腕力と乙の我慢との競争になるわけなのだ。
「これでもか!」と甲は、更に力を込めて乙を釣りあげるのである。大概甲の方が丈が高くて年長で、力強いことは決つてゐる。素人が角力に取組むことが出来ないと同じやうに、年少の方が、自分よりも丈の高い男の首を釣り上げることなんて出来る筈はない。近頃の余と倅は、この甲と乙のやうである。
 何しろ首だけを持たれて、兎のやうに釣りあげられるのだから、乙の苦痛は素晴しいものだ。脚は地面を離れる、眼眦も鼻も口も頬も……即ち顔全体が、質の悪い鏡に写つた時のやうに延びてしまふのだ。
 乙は、苦痛に堪へ切れなくなつて、終ひには口から出放せに、
「あゝ、見えたよ/\。」と叫んで降参してしまふのである。そこで始めて甲は、乙を放してやるのだ。
「生意気なことを云ふとお江戸を見せるぞ。」
 即ちこれは、余等の幼時に往々用ひたる脅し文句だつた。近頃余は、さう云つて倅を脅すことがある。
 そこで余の長男は、嘗て一ト度、善蔵氏に少しく違つたかたちで「お江戸を見せられた。」のである。三歳の児童とは云へ、その時の苦痛は胆に命じたものと見える。数旬を経たる今日でも、明らかに彼の記憶に残つてゐるらしい。
 たゞ一方善蔵氏は、大人である、遊戯をやつたわけではない。余等が幼時の、甲の態度とは黒白の差であること勿論である。
 或る晩のことである。善蔵氏とHの父とは、切りに面白気な雑言に耽つてゐた。(Hはこの話の主人公である余の一子、その父は即ち余のことである。)そこに腕白なHが現れたのである。Hは殆ど口数は利かないが、その反動と思はれる程盛んに手足を活動させた。父の手から盃を奪つたり、そして酒を滾したり、或ひは床の間に駈け上つて、書物を投げ出したり、父の机上のペンを執つて鉛筆の代りにしたり、机上の書物を己れの絵本と取り違へて乱雑に繰り拡げたり……するのであつた。
「ヒデオッ!」と彼の父は酷い顰ッ面をして叱責した。「いけません/\、何といふ行儀の…

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