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消息抄(近頃書いた或る私の手紙から。)
しょうそくしょう(ちかごろかいたあるわたしのてがみから。)
作品ID52751
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第二巻」 筑摩書房
2002(平成14)年3月24日
初出「文藝春秋 第四巻第二号(二月号)」文藝春秋社、1926(大正15)年2月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-07-21 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

母家

 何故現在の住所を書いて寄さないのか? と屡々汝に云はれるが、汝との手紙が一回往復される間には大概予の居住は変つてしまふのだ! あれ以来予は既に三個所も居を移してゐる、いつも田舎の母家を予の宛名にはしてゐるが。哀れな母家は当分あの儘で汝も知つてゐるあの田舎に、形こそ違つたが存続するだらう。予も何時其処に帰るかも解らない。母家が存続する限り汝は、予の寓居を知りたがる必要はないだらう。

今度は何処に住はうかしら?

 汝も知つてゐる筈だ、予が住に関してはその衣食と同じく何んなに無関心であつたか! かゝる予が近頃切りに思ふことは、斯様な思ひである。一つは未だ田舎の家には帰りたくない心もあるからなのだ。

冬の思ひ出

 こんなことを書いたら汝は怒るか? あの頃われ/\がどんな話を取り換したか殆ど予は忘れても、汝の口から汝が何か呟く毎に煙草の煙り程にも濃い汝の息がパフ/\と立ちのぼり予の鼻先きをかすめたことだけを一番はつきり覚えてゐる。冬だかどうかそれも覚えないが、冬の夜でなければ息の煙りがあんなに見ゆることはあるまいよ!

唖子の妻

 いつか予は汝に、自らを唖子に喩えて、その一夢云々と云つたことがあるが、同じ言葉を予は先日某誌に寄せた。夢さへも恵まれぬ徒然の寒き日に、自らを励まするが如く武張つて「唖子にも夢がある」と麗々しく誌したのである。ところがこれが活字になつたのを見ると夢が妻と誤植されてゐるのだ。(汝は知らないだらう? われらの国の文字で書くと「夢」と「妻」は、この如くに字体が似通つてゐるのであるが――。)即ち「唖子にも妻がある。」と、予は、その句と、下の予の署名に眼を曝した時に偶然、妻に或る感謝を感じた。
 子が生れた時に三人で写した写真を送つたきりだが、今では彼女も好き母になつてゐる、そして汝に好意を持つてゐる、ヘンリーの孫は五歳になつた。

絵は止めた

 この頃予は、絵は止めて二年ばかり前から主に小説を書いてゐる。汝の予想通り勿論父の仕事は一つも引きつぐことは出来ない。汝等の国は近々にも訪れたいのだが予は、いつか生れて初めてマナヅルからアタミまで船に乗つた時に悶絶せんばかりに苦悶した経験を持つて以来、汝の国はガリバーの訪れた国よりも遥かになつてしまつた。嗚呼。

 附記
 以上は(小標題は別に。)、以上の和文からも察せられるが如く、極めて英作文の不得意な自分が辛うじて書いた稚拙な英文手紙の抜萃である。自分の文を自分で翻訳することは、いとも他易く、おそらく誤訳の慮ひはないが、おかしく哀れな気がした。――いつも劣等生の如く無感想は、自分は全く恥ぢてゐる。加けに今日は旅を想つてゐる、矢先きである。妻子と共に冬中を、若少し温い処で過して来ようと計画してゐる他に想ひがない。で、仕方がなく、如上の下書きのある雑記帳をひろげ、冷汗を絞りつゝ訳文の筆を走…

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