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晩春日記
ばんしゅんにっき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「随筆 第二巻第五号(五月号)」人文会出版部、1927(昭和2)年5月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-08-24 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

(四月――日)
 また、眼を醒すと夕方だ。とゞけてある弁当籠を開いてウヰスキーを二三杯飲むと、はつきり眼が醒る。鰯には手が出ない。セロリを噛む。
 手紙を書くので明方までかゝつてしまつた、春の晩、灯の下で手紙を書く――これは、いくつになつても余の胸を和やかにさせる、春になると君は手紙を寄す人だ……などゝ云はれたことがある。
(次の日)
 眼を醒すと、また夕暮時だ。
 机の上に鉛筆の走り書きで、妻の言伝が乗つてゐる。その一節「今Bさん達がお見えになつたので此処に案内して来たのですが、どうしてもあなたは起きません。」
Bの走り書の一節「フクロ!」
Bの妹さんの走り書き「諒闇中だから雪洞はともさないんですつて、夜、来たつて駄目よ、もうそろ/\散りかゝるわ!」
B――「だが、この儘そつと帰つてやらう、夜来るかも知れない。」
Bの妹さん――「あたしは、さよならよ。」
妻――「あまり勉強すると毒よ。」
(その次の日)
 Bに起される。
「銀座へ行かないか、これから――」
「東京の?」と余は訊ね返した、「いくら急行何とかゞあると云つたつて、厭に東京を近くしたがりアがるな。」
「ぢや、止さう。ぢや撞球屋へ行かないか。」
「何年にもキユーをさはつたこともない。」
「俺のうちへ行かないか。」
「これから?」
「何時だらう?」
「俺は時計を持つてゐない。」
「俺も――」とBも云つた。
 見て来るとBは云つて外へ出て行つた。小一時間もかゝつて漸く彼は戻つて来た。「おい、冗談ぢやない、もう一時過ぎだぜ、どこもかもみんな寝てゐる――停車場の近くまで行つてやつとこれを探して来た。」
 Bは、ふところからアスペルの鑵とカマボコを取り出した。
「おい、そこら辺に紙の皿があつたな、あれを出さないか。」
「弁当籠にいれて返してしまつた。」
 ……「何だか、あたりが直ぐに静かになつたやうだつたが、して見ると俺がやつて来た時刻も早いわけぢやなかつたんだな。」
「さうかも知れないね……眠くなつたか。」
「朝まで話して行くよ。」
「俺になるぞ、あしたから……」
「関はない、――験べかけてゐるものがあるんだが、それを此処へ持つて来ても好いか。」
「君さへ好かつたら……」
「学生時分とさつぱり変らないことになつてしまふね、試験勉強気分だね。」
 余は、悲しさうに頬笑みながらBの前にあるウヰスキー・グラスを指差した。するとBも、頬笑んだかと思ふと、この時まで息も切らずに喋舌つてゐたのを、稍暫し眼を伏せたが、突然わけもない声を張りあげながら、盃を執り、余のそれにプロージツトして――そして余等は見事に盃を干した。
(次の夜)
 妻が、今夜は久保田さんのラジオがあるからといふことを告げに来た。暫く振りで妻の方へ行つて晩飯を食べようといふことになつてBと出掛ける。
 Bの妹さんも居た、余の母もゐた、Bと、余とそして余…

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