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珠玉の如き
しゅぎょくのごとき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「新正統派 第一巻第八号(九月号)」新正統派社、1928(昭和3)年9月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-09-04 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 奥深い芸術の殿堂であつた。
 山門をくゞり、径道をのぼつて、堂のほとりに達すると、常緑樹の翠の香が煙りの如く漂ふてゐた。
 薄暗い廻廊を幾曲りして、(おゝこれは何といふ手のこんだ誤り易い、困難な、そして厄介な廊下であることよ。訪者は、ムカツ肚をたてゝ引き返すことがある、疳癪の舌打ちをして引き返すことがある、道に迷つて逃げ出すことがある……)漸く主の房に達すると、訪者は、三ツの光りが雨の日も風の日も、一抹の揺ぎもなく、静かに瞬いてゐるのを見た。――二ツの光りは、主人の眼光であつた。そして、一ツは主人のあらゆる努力をもつて、身をもつて、燭し続けられてゐる芸術の光である。……この殿堂の主は、人の世の多くの苦悩を、短き間に知り尽し、no Struggle, no Art! ――の厳たる珠光を示した。(ストラツグルのなきところにアートなし。)
 今や主人の眼光は消え去つたが、永遠に生けるが如く、彼の珠光は益々光の翼をのべて、不断にいつまでも輝き、多くの訪者になつかしまるゝであらう。――惜しくも、彼の稀なる九折の回廊も共に消え去せたが、吾等は、常緑樹の翠の香が煙りの如く漂ふうちに――何時、何処でゞも、居ながらに、直ちに彼の悉くの珠玉の光りに接し得らるゝ――。
 葛西善蔵全集・三巻で――。



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