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新興芸術派に就ての雑談
しんこうげいじゅつはについてのざつだん
作品ID52786
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「新潮 第二十七巻第九号(九月号)」新潮社、1930(昭和5)年9月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-09-28 / 2016-05-09
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 S・S・F倶楽部員の座談会。
 在席者――小説家ミスター・ドライ。同ミスター・ウエット。同ミスター・S・マキノ。進行及び速記係、牧野生。
 S「座談会を始める! といふことになつたら他の倶楽部員達は皆な何処かへ行つてしまつた、一ツ端忙しい用事でもありさうに! 変な奴等だな――。残つてゐるのは飲酒家のW君と禁酒家のD君と、そして、何時も君達二人の仲裁者である僕との三人だけか?」
 D「重苦しい顔ぶれだな。」
 W「……旅人よ、行きてスパルタ人に告げよ、吾等は国法に従ひて此処に戦死せり、と――おお、テルモピレイの草の露……」
 S「おいおい、W君、歌は止めて此方を向かなければいけないよ、座談会だよ。」
 D「これだから飲酒党は厭だといふんだ、感情が利己的で……」
 W「いつもいつも真面目さうな顔で、偉さうな構へで、厳かな鍵盤を叩いてゐる禁酒党には、云つて聞かせたいことは無限大だが、何よりも先に、真面目な顔で、真面目な車を引いてゐるつもりでも、返つて、それが通らないでも好い凸凹の道に轍を踏み入れてゐるといふ結果になりがちであることに、気づかぬことが多いと思ふのだ。そして、その廻り坂を車をおす、ドライスの汗を――真理の汗ででもあるかのやうに感違ひして……」
 D「言葉の中途で失敬だが――。君のやうに大酒を飲んで樽を叩いて、歌を歌ひながら進むのも決してそれが廻り道でないこともなからう、何れにしても吾々は、円の中心を寄切る一直線の円に交る一点を出発点にして、夫々反対側の弧を渡つて、上方の、直線が円に交る一点を指して進んでゐるまでなのだよ。その一点で再び相見た時には吾々は、やあ、やあ! と挨拶を交し、共々に円周圏を抜け出て、直線上に轡をならべて、一路オリンパスのアポロの門を目がけて、車を駆るべき歩兵隊の一員なのだが――ただ、その第二の屯所までに到るべき円周の道を異へてゐるのだ、どちらがより健全に、より速やかに第二の屯所に行き着くかといふ比較をすれば、貧乏なもので、日増に値段の安い酒を飲んで二日酔、三日酔でぶつ倒れて、唸つたりしてゐるよりは、たとへ、感違ひの真面目な道であらうとも額に汗を流して車をおして行く兵士の方が結局爽やかに、より速やかにアポロの通りに行き着ける……」
 W「僕は兵士ぢやない芸術家だ、そして小説家だ。」
 D「比喩のあげあしを取るのは馬鹿だ。」
 W「芸術家であり、そして小説家であるもの、作物は、常にその一つ一つが、面白いものであり、刹那刹那の作家の一杯の血潮を盛り、アポロに向つての根限りの貢物であり、そして、王様の胸にでも、高利貸の胸にでも、悲劇は悲劇なりに、喜劇は喜劇なりに、或ひはまた、エロスの戯れ――を描いても、生存苦の暗鬱でも、戦争の残虐でも、ジヤズ風景でも、取材の如何に関はらず統べて――爽やかな、明るさを覚えしむるものでなければならぬ。作家に…

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