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附「歌へる日まで」
ふ「うたえるひまで」
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「文藝春秋 第八巻第十号(九月特別号)」文藝春秋社、1930(昭和5)年9月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-09-16 / 2016-05-09
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 R村々長殿
 御手紙拝見いたしました。御督促にあづかるまでもなく「R村々歌」に就きましては小生夢にも忘るゝことなく出京以来もその構想に寧日なき有様にて没頭いたして居ります。然して、漸く、その登場歌章の大半の草稿を終り、今はこれに三脚韻律を踏ませつゝ、二十聯にとりまとむべく苦行中でございます。今月中には、この上合唱歌章及び哀悼歌章をも完成して、これを土産の最たる花として携へ、約半年振りにて御村へ帰るべき想ひで、烈しく胸を躍らせて居ります。
 先日タバン・マメイドのマガレツトが出京いたして聞きましたるところに依ると、近頃タバンの常連も小生の在村中から見ると大分おもむきを変へた由ではありませんか。さもありなんことで御座います。小生が御村を出立いたす時は、未だ川べりの桃林の蕾は堅く遥か彼方の連山の頂きには残雪の痕がくつきりしてゐた頃ですもの――。執達吏のB君は遠く連山の向ひ側なるS州に転任となり、家族を引きまとめ、三台の馬車に、彼の報ずるところに依りますと、「一切の財産を積んで、野を過ぎ山を越へて」移つて行つたといふことではありませんか。執達吏はその後も屡々小生に書を寄せて呉れます、失言、執達吏の名ではなく一個のBとして、友達として――です。
「君が――」
 とBは、その出立の有様を叙ぶべき手紙で云つて寄しました。「君が愛詠したウヰリアム・モリスの詩――ジエーソンの一生――の冒頭のやうであつた、その光景は――森に育つたジエーソンは、山向ふの村を指して、妻と子と、家畜とそして一袋の金貨とを携へて、旅路にのぼつた――といふあれさ。吾家の家畜は君も知るだらう、二頭の山羊と五羽の鶏と、そして一袋の金貨はなかつた代りに僕は昇給の辞令を意気揚々と小脇に抱へてゐたからな! 僕が村にゐた間の働きは、主に村長家と貴家両家に関しての破産整理に功労多かつたといふわけなのだよ。世は、何と、悲しく、皮肉なるもの哉! だね。」
 ――ですつて! でも、先生も飽くまでも村に対しての有情を重んじ、その日は国境ひの丘までも彼を見送つて、別れを惜んで下された由などを聞いて、小生も心から彼の出世を祝福し、そして、あの小生の机の上にいつも載つてゐる Pax の酒神の御像にひれ伏して先生と彼との、健康を祈りました。
 また、先生は終に意を決せられて御子息のF君を御勘当なされた由も知りました。御心情推察はあまりありますが、あのF君の有様では、他に術なきことと了解出来ます。未だに彼はマガレツトの後を追ひまはしてゐる様子ですが、御安心下さい。彼女は、あんな怠惰な者の顔などは見るのも嫌だ! と云つて居りました。小気味の好いことです。
 七郎丸は豊漁に恵まれて有頂天の由で結構ですが、夜々マメイドに現れて物凄い大尽風を吹かせてゐるといふ話ではありませんか! 軽卒な業でせう。どうぞ先生から手酷い小言を浴せて下さるようお…

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