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三田に来て
みたにきて
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「時事新報 第一七四九四号、第一七四九五号、第一七四九六号」時事新報社、1932(昭和7)年2月20日、21日、22日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-09-22 / 2016-05-09
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 結廬古城下
 時登古城上
 古城非疇昔
 今人自来往
 坂を登り、また坂を登り――そして、石垣の台上に居並ぶ家々のうちで、一番隅つこの、一番小さい家に居を移した。だが、朝から晩まで家中に陽があたつて、遠く西北方の空を指差すとゑん/\たる丹沢山の面影が白々しい空の裾に脈々と脊をうねらせてゐる有様が望まれる。それにしても何とまあ麗かな日和続きの、なつかしい冬であつたことよ。私は終日椽側の、こわれかゝつた椅子に蹲つてそれらの山々の、遥の山つづきの麓にある、とある寒村に住み慣れて、猪を追ひかけたり、悪人共と鉾を交へたりした数々の華々しい武勇物語を回想して得意であつた。御覧、私のこの左腕に残つてゐる傷痕は――或る肚黒い酒造業者の酒倉をおそつて、番犬と格闘した思ひ出の痛手だ。向ふ脛にのこつてゐる負傷の痕は、私達のケテイを地代金の代償として手込めにしようとして担ぎ出した悪銀行員の馬車を追つて、月見草のさかんな河堤で、一騎打ちのつかみ合ひを演じた折、私の力が及ばなかつたか、奴の手玉にとられて蛇籠の上にもんどりを打つた時の不覚の傷手である。だが私は、その時、このまゝむざむざと私達のケテイをあのやうな奴輩の獣慾の犠牲にされてはアポロの門前で割腹をしなければならなかつたから、必死の勇気を揮つて、いきなり足許の蛇籠の目からこぼれ出てゐる拳骨大の石を拾ひあげるや、奴の臀部を目がけて、えいツ! と投げつけた。石は見事に奴の脊に命中して、そのまゝ悪人は脆くも虚空をつかんで悶絶した。私は気絶してゐる娘の猿轡を解き、馬車を横領して一散に凱旋した。そして「竜巻村のジヨーンズ」といふ称号を獲得した。
 私達は左様云ふ雰囲気の村で、最も荒くれたまゝ文学の道に励んだ。――ジーベルとフロツシは、その頃からの私の道伴れである。そして二人は去年の春私の後を追ふて都に上つた。二人は凡そ五年前に、三田の学校を出た文学士でこのあたりの地理に明るく、この家を見出して私に住はしめた。ジーベルが私如きの後を追つて武者修業に現を抜かしてゐるために一家は極貧の庭に沈んで、今ではここから程遠くない二本榎の崖の下の棟割り長屋に移り、母君と妻君は針仕事に余念なく、妹君は私の紹介で青バスの車掌となつて、甲斐々々しく目黒・日本橋を往復してゐる。私が文藝春秋社などへ赴く時、彼女の車に乗り合せると彼女は乗車賃を取らずに切符を呉れやうとしたりして屡々私を狼狽させる。目黒線の小町車掌と称ばれて評判が高い。私はそこの重役を先輩に持つのであるが、彼からの最近の伝へに依ると彼女のサービス振りは抜群の成績で間もなく一足飛びに昇給するであらうといふことで、一夜、その老ひたる母君の眼に嬉し涙を宿らしめ、吾々に悦びのプロージツトを挙げしめた。私の修業も大変だがジーベルの文学の行手も、見事に径が嶮しいのである。



 フロツシの事
 次にフロ…

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