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写真に添えて
しゃしんにそえて
作品ID52813
副題(都の友へ送つた手紙)
(みやこのともへおくったてがみ)
著者牧野 信一
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第五巻」 筑摩書房
2002(平成14)年7月20日
初出「モダン日本 第四巻第一号(新年特大号)」文藝春秋社、1933(昭和8)年1月1日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-10-22 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この家の納屋で僕は斯んな奇妙な自転車を発見した。
 御覧の如く前輪は恰も水車のやうに大きく、後の輪がお盆のやうに小さい地金製の三輪車であるが、然も之が成人の乗用車なんだぜ。この家の隠居から聞く処に依ると、この三輪車は我国に初めて自転車が輸入された当座僕の祖父が満身の得意を持して乗り廻したものゝ由である。彼が山高帽子を被り袴の股立ちを執つて物凄い勢ひでペタルを踏みながら街道にさしかゝると、その砂塵を巻く鉄輪の騒音は、凡そ、一町の距離からでも聞きとれる程の花々しさで、人々はそれ自転車が現れた、とばかりにとるものもとり敢へず戸外へ走り出て、文明の利器の快適さに舌を巻いた。
 僕は不図、先日、オウトジヤイロが、初めて、帝都の空に現れるといふので空の音響に耳を欹てた時を思ひ出した。それはさうと僕の祖父は、凡そ、意気揚々たる伊達姿で、上り下りと観衆の間を往行してゐたが、或日、主人を乗せた村長家の馬が祖父に出遇ふと、その馬は、馬の化物が現れたか! とでも感違ひしたのか(と隠居は僕に告げた)。
 突然歯をむき出して気たゝましい叫びと共に前脚を挙げて、件の乗り手に踊り掛つた。僕の祖父も、馬よりも仰天して把手を廻すがいなや全速力で逃走を画てた。あの時の光景は今でも露眼に残つてゐるがと隠居は回想して、馬と三輪車の時ならぬ競争を目にした人々があれよ/\と立ち騒ぐ彼方を、祖父は羽織の裾を突風に翻して虎のやうに上体をのめらせながらこゝを先途と疾走したが、忽ち傍らの泥田の中へ真つ倒まに転落して、全身泥まみれと化し腰に大きな打撲傷を享けた。
 そのまゝ彼は自転車をこの家に預け放しで町へ帰つたのが、未だに此処に残つてゐたのだつたといふのである。僕は、納屋の天井からとり降すと村境ひの鍛冶屋の工房に赴き、まる二日掛りで耽念な修繕を施した。
 凡ゆる部分々々の留釘を換へ、錆を落し、油磨きをかけて組立直して見ると、何とまあこの千八百年代の新型自転車は再び春に回り合つたのを微笑むかのやうにれきろくとして走り出すではないか。
 僕は図の如く得意となつて朝夕のドライヴを縦まゝにしてゐるが、そしてはじめのうちは野良通ひの馬に出遇ふ度に非常に胆を冷したものだつたが、近頃の馬は見向きもしないので吻つとした。たゞ人々が、あいつは子供の自転車に乗つてゐる! とさゝやいたゞけであつた。
 僕の傍らに立つてゐる白いジヤムパアの娘は、僕の好意を持つ鍛冶屋の子であるが普段はこれに切りと乗り廻してゐる癖に写真となつたら何うしても諾かないのさ。
 しかし、ペタルが前輪の中心にあつて、把手とすれ/\に着いてゐるサドルに懸けると両膝のかたちがバツタのやうに曲つて、膝小僧がぬつと前へ突き出るといふ格構だから、十八九にもなる娘となれば、如何ほど僕にすゝめられても撮影のために勇姿を示すわけには行かぬだらう。加けに彼女は靴下をはいたこと…

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